第八話「魔力の消失と五首の龍」・2
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「大丈夫か?」
ラグナロクの言葉に、気を失いかけていた空中戦艦ヴルイメルティニクスの艦長ブラックが、ビクッと体を震わせながら返事をする。
「ん? あっ、ああ……」
ブラックはずっと考え込んでいた。
――なぜこんなにも世界を汚す者がいるのか。
と。昔はもっと綺麗で純粋な光の世界だった。だが、今を見てみよう。様々な邪悪な思惑を持つ者たちが次々に増えて、この世界を我が物にしようとしているではないか……。
――父上。あなたは一体この世界をどう変えようとして、光と影計画を立案なされたのですか? 私には分かり兼ねます。しかし、それでも私は十二属性戦士のためにも全力で協力しようと思います……。
心の中で様々な思いが試行錯誤しブラックの勘を鈍らせる。
「戻ってきた……」
ラグナロクが十二属性戦士の魔力の気配を感じ取りボソリ呟く……。
「ところで、君はどうして十二属性戦士に味方しているんだい? 本来ならば、彼らに協力するよりも先に新たな封印を施すべきなんじゃないのか? 力が必要ならば私達神族の者も力を貸すぞ?」
ブラックが雷人達と戦っていた時と異なり、優し気な口調で語りかけてきた。
「俺も……いや、私も本当はもう一度別の封印を施した方がいいと思う。でも、全員が揃った後に再封印の話を持ちかけた所であの子達と約束したんだ。最後まで自分達の力でやってみたい……って。十二属性戦士と初めて会ったのは二年前のスピリット軍団を倒す時だった。最初はこんな子供が本当にスピリット軍団から仲間を助け出せるのか? ――なんて思ってたけど、彼らの力は相当な物だった。それも、仲間を信じ合って力を出せば出すほど彼らの力は向上していく……。だから私は思った。彼ら――十二属性戦士なら光と影計画を阻止し、封印されているWWWを破壊できる! そして、オドゥルヴィア博士の野望ってやつを止める事が出来るって!!」
ラグナロクの決意の話を聴いていたブラックは、そのまま黙ってしまった。
沈黙の時間が過ぎていると、足音が聞こえ十二属性戦士がブラックとラグナロクの元に戻ってきた……。
十二属性戦士やラグナロク、ブラックを乗せた空中戦艦ヴルイメルティニクスは、天空の神殿から離れ、空中を彷徨っていた。
目的地を探しているのである。しかし、四つ目の封印がどこにあるのかが分からない。
「どこか心当たりはないのか?」
「残念だが……」
十二属性戦士が諦めかけていると、ブラックがあることを思い出した。
「そうか! もしかすると……」
ブラックの言葉に皆が明るくなった。
「何かあるのか?」
「実は、ここ空中都市ヘルヘイムの下には、惑星ウロボロスの大きな大陸があってな……。ここは元々その大陸のあちこちから少しずつ切り取り集めた大地で作り上げた都市なんだ。そして、そのヘルヘイムを作り出したのが、夢鏡王国第四代目国王なんだ! 十二属性戦士を中心とした、民族の中でも有属性者を集めるためにな……」
「どうして別々に分けたんスか?」
ブラックの説明を聞いた残雪が訊いた。
「分からない。だが、何かの想いがあったんだろうな……」
何故か悲しそうな声を上げるブラック。
「……これからが本題だ。その大陸の一つ――エレゴグルドボト帝国に、大きな荒れ地の荒野が広がる場所、ディトゥナーヴがあるんだ! その場所は、ある日太陽の光が当たらなくなってからというもの、植物は枯れ雲が出来ないため雨も降らず、すっかり干からびた大地が広がっている。しかも気温がなかなか上がらないために霧が濃い。気になるのはその先なんだ。『濃霧を進んだ先に少し大きい遺跡あり。その中、呪術石に鎖がつけられし物あり』という言葉の先に『呪術石は異様な雰囲気を出し、特別な力がある物でないと破壊できない』という部分だ。……呪術石が何か分かるか?」
「さあ?」
細砂が小首を傾げる。いつもならこういう迷宮系の物はとても好きな細砂だが、今はとてもそういう気分にはなれそうにない。なぜなら、世界の命運が自分達の手にかかっているからだ。ふと上を向くだけでも、暗雲がちっぽけな自分を呑みこみそうで怖い。
「確かにそれは怪しそうだな……。行ってみるか?」
「そうね! 他に心当たりもないし……」
雷人の提案に楓も賛成し、他のメンバーはそれぞれの配置に着いた。ブラックは椅子に座り、雷人が操縦桿を握る。
「そういえば、あの時いた元クロノスのやつらはどうしたんだ?」
「あの者達はどこかに脱出して、今頃はどこかで隠れてるさ……。それよりも自分のことに集中しろ、いいな?」
ブラックに怒られた雷人は、ふてくされて前方の景色を見た。
暗雲から漂う異様な空気が雷人の手を震わせる。ヘルヘイムを過ぎ、暗雲の中を突き進んでいくヴルイメルティニクス。その雲を抜けると、大きな大陸が地平線の彼方にまで広がっていた。
「本当にあったのか……」
昔からヘルヘイムでの生活しかしてこなかった彼ら――十二属性戦士にとって、下の世界は興味をそそられるものでしかなかった。ブラックが指をさす方向に舵を取り進んでいく。真下には濃霧が広がり、どこが陸地なのか全く見当もつかない状態だ。誤って戦艦の尻を地面にぶつけてしまわないとも限らない。
その時、爆発音が聞こえた。
「何だ!?」
爆音に気付いた照火が声をあげた。
「まずい、エンジンに火がついてる! このままだと爆発してこの戦艦は墜落する!!」
慌ててモニターを見た雷人が言う。
「そんな!!」
細砂が金属の床に膝をつき座り込む。
「何とかならないのか?」
暗夜が周りを見ながら訊く。
「一つだけある。ここからいち早く脱出するんだ。だが、そのためにはリスクを伴う!」
「り、リスク……ですか?」
葬羅の言葉に雷人が眼鏡を綺麗な布で拭き取り、もう一度耳にメガネをかけると言った。
「まずはこの戦艦を操作する人物だ。これは相当な経験者でないと任せられない。しかも、爆発してエンジンが燃えている状態での機体を安定していられる者。それが一番やってもらいたい相手の条件だ……誰かいるか?」
雷人がぐる~っと一回り見渡すが、皆黙ったまま手を上げようとしない。まずこの中で運転の出来る者などいるはずもなかった。
と、その時、奥から声が聞こえてきた。闇の神でありこの戦艦の艦長を務めているブラックだ。
「大丈夫なのか?」
「ああ……私にやらせてくれ!」
「でも、あなたはまだケガが治ってないんじゃ?」
時音の心配をする声にブラックは言った。
「心配するな。これでも私は世界四大神の一人だ! こんなことで殺られるほど軟じゃない!」
ブラックの言葉に再び一同は黙り込んでしまった。すると、奥の方でまた爆発が聞こえた。しかも、今度のは少し大きな音だ。
「まずい、時間がない! ブラック、後は頼んでいいか?」
雷人が辛そうにしているブラックに言うと、兜を外して顔に浮き出ている汗を拭い取りブラックが言った。
「ああ、任せておけ! だがその代わり、必ず光と影計画を止め、WWWを破壊してくれ!!」
ブラックが雷人の目を見て言った。その時のブラックの青と黄の瞳は少し潤んで見えた。
「……よし、皆行くぞ!!」
「待て!」
その皆の動きを制止したのは、ラグナロクだった。制止の声に皆はサッと振り向く。
「どうかしたの?」
雫が訊くと、ラグナロクは少し俯き言った。
「私も……ここに残る」
「何言ってるの? 早く脱出しないとラグナロクも死んじゃうんだよ?」
雫の言葉にラグナロクは少し黙ったが、さらに続けた。
「でもこの人の体を支える人が必要なんだ! お前――あなた達にはちゃんとした目的がある……。私もこの人を――闇の神を守らないといけないんだ!!」
「……ラグナロク」
悲しんでいる状況の雫に、天井についている金属板が爆発によって落ちてきた。
「雫、危ないっ!!」
慌てて従弟の雫を引っ張る時音。
「あ、ありがとう」
「ううん、平気?」
何とか危機一髪従弟を助けた時音は雫を胸に抱きとめながら心配そうに尋ねた。その言葉に「うん」と頷き、それを確認して改めて雷人が声を張り上げる。
「急ぐぞ! もう長くは持たない!」
雷人が一足早くパラシュートを背負ってヴルイメルティニクスから飛び降りる。他のメンバーもその後に続いた。
パラシュートが開き、フワフワと風に揺られながらゆっくりと濃霧の中に消えていく十二属性戦士は、そのまま地面に降り立った。急いでパラシュートを取り外し、全速力で呪術石があるという遺跡に走っていく十二属性戦士。目の前が見えないので雷人の持つ懐中電灯を用いて……。
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「良かったのか? あの者達と共に行かなくて……」
空中戦艦――ヴルイメルティニクスの中で、必死に操縦桿を握り船を安定させる艦長ブラック。しかし、爆発の威力によって船体は既に壊滅的。未だに飛行出来ているのがまさに奇跡ともいえる……そんな状態だった。
「いいんだ。彼らにはもう私の望みは伝えた……。そ、それに私がいたところで光と影計画を止め、WWWを倒すことは到底出来ない! 彼ら――十二属性戦士じゃないとできないんだ!!」
ラグナロクはブラックに肩を貸してその場に立たせた。火薬の臭いと爆発音が鳴り響き、戦艦はどんどんボロボロになっていた。
「このまま私達は死ぬのだろうか……?」
「大丈夫だ! 私達は死なない! これがある」
そう言ってラグナロクがポケットから取り出したのは、鎖に様々な装飾が施されたブレスレットだった。
「これを使えば脱出することが可能だ!!」
「なるほど、それは助かる」
ブラックは笑みを浮かべ、操縦桿から手を離す。同時に、ラグナロクはカチッ! とスイッチを入れた。スイッチが入る音が鳴り、白く光った二人はそのままヴルイメルティニクスの中から姿を消した……。
刹那――ヴルイメルティニクスが一層威力の増した爆発を起こし、左翼のプロペラが吹き飛んでブーメランの様に空の彼方へと飛んでいった。そしてバランスを崩した船体の前部と後部が分裂、それぞれ別方向へと空中を滑空しながら飛行し、挙句前部は地面に船首から突っ込んで大破。後部はそのまま海へと真っ逆さまに落下していき大きな水柱をあげた……。
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濃霧の近くの森……。
「いっつー」
「すまない! 上手く着地出来ないのがこの道具の欠点でな……」
ラグナロクが申し訳なさそうに謝るのを見て「いや問題ないさ! 生きていられるだけマシってものだ」とブラックが呑気にそんなことを呟く。すると、先程大爆発を起こしたヴルイメルティニクスの船首についていた大きな砲台がこっちに降ってきた。
「まずいッ!!」
これで終わりかと思った瞬間、危機一髪で何者かが砲台の動きを止め、ブラックとラグナロクを守った。その人物は濃霧の森の木々の間から姿を現した。細身の体に綺麗なドレス。白衣に似た物を纏い、さらに地面につかんばかりの長く綺麗な太陽の様な煌めく髪の毛……。片方の手には太陽の力を宿したステッキを持っている。そう――夢鏡王国の第六代目女王にして、世界四大神の一人、太陽の神であるフィーレだ。
「久しぶりね、ブラック」
「あ、姉上!?」
「ええ、そうよ」
何百年ぶりかの再会に花を咲かす二人を後ろで眺めていたラグナロクは、少しばかり嬉しそうな笑みを浮かべていた……。
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一方十二属性戦士は、周りを岩で固められ変な異臭が漂う遺跡の中を調べていた。
闇の神ブラックが言っていた通り、呪術石に鎖が繋がれまさしく何かを封印している雰囲気ありありだった。
その時、爪牙が面倒くさそうに武器で鎖を叩き壊した。
「ああ~ッ!? お前何てことしてんだ!! 何が起きるのか分からないんだぞ?」
「だってもう面倒なんだよ! どうせ封印は残り一つくらいしかねぇんだ。今更どうなろうと変わらねぇって!!」
爪牙の言動から余程面倒なんだということが分かる。しかし、彼らが言い争っている間にも異変は起こった。遺跡に亀裂が入り、地響きを起こし始める。
「やばいんじゃないのか?」
照火が身の危険を感じ一番最初に外に脱出する。遺跡が完全に壊れ地面が割れていく。そこから姿を現したのは、ヘルヘイムの上空にあった東西南北の城の内、南の城で見かけた謎の怪物だった。
「あれは!?」
「マジかよ?」
武器を構え戦闘態勢に入る十二属性戦士。
怪物はゆっくりと地を這いながら彼らに近づいてくる。手足が無いため、まるで蛇の様に地を這う。しかも顔がなく、口には小さな歯がサメの歯の様にビッシリ並んでいた。とどのつまり、あんなものに噛みつかれたりしようものならひとたまりもない……ということだ。
その時、武器を構えていた爪牙がハンマーを振るった。
「うおぉおおりゃッ!!」
グシャッ!!
怪物の顔がペシャンコに潰れ、体が破裂して肉塊が血と混ざって周辺に飛び散る。
その時、怪物から――ではなく、奥の怪物が出て来た穴から叫び声が聞こえた。細砂が不安になりながらも少し興味があったので覗いてみると、そこからは五つの不気味な瞳がこちらを睨み付けていた……。
というわけで、ウロボロスへとやってきた十二属性戦士。そして、壊れちゃった空中戦艦ヴルイメルティニクス。もっと活躍するかと思っていた方申し訳ありません。戦艦はここでお役目終了です。
そして、ブラックとラグナロクを救ったフィーレ! 前半の一、二話以降全く出てこなかった人がここで登場です。そして、先ほどの映像でのフィーレの台詞を聴いた後のこのフィーレの口調を聞いているとついつい自分でも笑みがこぼれてしまいます。ブラックとフィーレの対面シーンはⅡの過去編以来ですかね。まぁ、あの後結構色々あったんです。
そして、さらに十二属性戦士を待ち構える巨大な五つの瞳を持つ怪物のシルエット。いよいよWWWも間近です。