第五話「西の機械(West Machine)」・1
オドゥルヴィア博士は、戦艦に乗って東の城から移動して西の城へとやってきていた。
ピピッと無線に電源を入れて部下と回線を繋ぐ。それから白衣を風になびかせながら
「よいか? 我はこれより西の城へと向かう。貴様らは幻影の塔を見張れ! よいな? 鳴崎雷人と鎖神時音をこの塔に近づけてはならぬぞ?」
と、部下のクロノスの衛兵二人に命令を下した。
『御意!』
と、無線越しに二人の衛兵が敬礼しているのが目に浮かぶ。オドゥルヴィア博士は二人の返答を確認すると、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて西の城へと向かった。
――▽▲▽――
ようやく地震が収まり、爪牙達三人はドーム状の建物から脱出していた。そこには凄まじい光景が広がっていた。
東の城の門近くにあった大きな柱は真ん中からポッキリ折れ、向こう側へ倒れていた。
城の奥にあった水の溜まったダムの壁は崩壊し、流れ出した水が門の扉で塞がれ三人が立っている地面の高さまで水が溜まっている。
「す、凄い……」
輝光はその幻想的な光景に魅入り、しばらくの間それを見続けた。幾つか軽い瓦礫が浮いていたおかげで、その上を渡るようにして濡れずに向こう側に渡ることが出来た。
小さな扉を潜り抜け一階に降りて行き、一番最初に目撃した大きな門の前まで来た爪牙、輝光、残雪の十二属性戦士三人。
その時、またしてもあの地震が起こった。同時にミシッという嫌な音が鳴り、三人は恐る恐るその大きな門の方を振り返った。すると、例のその門に大きな亀裂が入り、そこから水が少しずつ漏れ出し、今にも決壊寸前の様子を見せていた。ヤバイと思った三人は、慌てて幻影の塔へ通じる赤い扉へと駆けだした。
刹那――扉は地震の影響と亀裂の原因により大破。大量の水が大きな波となって襲い掛かってきた。今にも飲み込んでしまいそうな波から逃れ、ギリギリのところで三人は赤い扉へ入ることに成功した。
大きな波は東の城を空中で支えている装置に触れバチバチと激しい雷を走らせながら爆発し、支えを失った東の城は物凄い高さから重力に引っ張られて空中都市ヘルヘイムの地面に激突しバラバラに完全崩壊した。その揺れは凄まじい物で、ヘルヘイム全域に影響を及ぼした。
幻影の塔の中に何とか戻ることが出来た三人は、高鳴る鼓動を押さえつつその扉によりかかると、激しい疲れとひとまず安心という安堵感により、表情を和らげその場で眠りに就いた……。
――▽▲▽――
「ねぇ、さっきの地震は何?」
雫が義妹の楓に訊く。
「さあ? でも、ただの地震じゃなさそうね」
楓が後ろを向きながら言う。すると今度は、目の前の足元が突然崩れ出した。
「やばいっ!!」
咄嗟にジャンプし、なんとか上の手すりに掴まる雫。
「危なかったぁ~。楓、大丈夫?」
ふぅ~と胸を撫で下ろして安堵のため息をつくと、楓の心配をして声をかける。
「ええ」
楓も雫同様、パイプ状の手すりに掴まって難を逃れていた。
しばらく進むと、二人は暗がりの部屋に出た。
「随分と暗いなぁ。楓、灯り持ってる?」
「ごめん。生憎今は持ってなくて……」
申し訳なさそうに謝る楓。
「いや、大丈夫! 平気だから!」
雫は慌てて楓をフォローし、手探りで辺りを捜索してやっとのことで部屋の灯りのスイッチらしきものを見つけ出すことに成功した。
灯りを点けると、そこにはたくさんの電源の入ってないモニター画面とコンピュータが並んでいた。どうやら、何かの部屋の様だ。
「ここには何もなさそうね……」
そう言って楓が武器をおろし警戒を解く。左奥にある少し錆び付いたドアノブを回し奥の部屋へと入って行く二人。
と、その時、ふと雫が
「そういえば――」
と、足を止めた。同時に後ろを歩いていた楓が背中にぶつかる。
「むぐっ! ちょっ、急に止まらないでよねっ!!」
鼻を押さえながら楓は文句を言った。
「菫はどこに行ったの?」
その質問に
「ああ。ついさっき向こうの部屋を探すとか言って別れたっきり戻ってこないわね……」
と、菫と分かれた辺りを見つめながら楓が言った。
――▽▲▽――
その頃、当の本人、菫はというと。
「ここ何処~? うぅ、一体どこなの~? しずくぅ~……かえでぇ~……ぐすっ」
猫撫で声を上げるように菫が暗がりの道を歩いていた。その暗さに怯え、片手をもう片方の手に重ねるようにしながら胸の前まで持っていき、周囲を何度も見回す。
菫はさらに奥の部屋へと入った。その先にあったのは、謎の生物が青紫色の液体に入れられているビンだった。
「うぇ~、何コレ!? 気持ちわるぅ~」
多少ひいている菫だったが、それだけではなく恐怖も感じていた。何せ、さっきからウイ~ン! という、不気味な機械の稼働音が聞こえてくるのだ。
「……もぅ、一体何なのよぉ~」
怖がりな性格でもある菫にとってこの場所はとても耐え切れるものではなかった。もしも何か怪物でも現れたりすれば一気に気を失ってしまうだろう。そう菫は思っていた。だが恐怖体験もここで終わりを告げた。
というのも、曲がり角で偶然にも不幸中の幸いで雫と楓の二人に再開したのだ。この城内が入り組んだ道の上、一本道で構成されていないのが幸いした。
「良かった、やっと見つけたわよ菫?」
楓が腰に手を当てて安堵の表情を見せる。
「うえ~ん、怖かったよぉ! かえでぇ~!!」
「ち、ちょっと抱きつかないでよ! 一応私達よりも年上でしょ? もっと威厳保ちなさいよ!」
「ぐすっ、だってぇ~」
もはや今の菫からは三年前にデス・ジャングルで初めて会った時の格好良さは消え失せていた。あの時の照火に対する応急処置の対応の早さはすごく憧れるものがあった。現に、菫に助けられた細砂も一度だけ彼女に憧憬の念を持っていた。今がどうかは不明だが。
雫達三人が歩き続けて約二時間が経過した。それにしても随分と長い通路だ。さっきの古びた扉を開けてもう三十分は経つのに何故か扉が見えてこない。もうそろそろ次の部屋へ進むための扉が一つぐらい見えてもおかしくないくらいの距離なのに、それでも出て来ない。一体どういうことだろう? そう考えていると、雫が急に足を止めた。
「いたっ! だから急に止まらないでったら!!」
「しっ! 静かに! どういうこと?」
「どうかしたの?」
雫の言葉に菫が心配そうに訊いた。
「ここで行き止まりなんだ」
「行き止まり? どういうこと?」
楓も首を傾げている。
「道がここで止まってる。しかも、目の前には矢印が書いてあって左を指し示してるんだ。もしかすると、この額縁のことかな?」
そう言って雫は楓に少しの間だけ武器を持ってもらい、両手で額縁をいじってみた。すると、斜めに額縁がガクッと動いた。そしてそれを外すと目の前に抜け道が出現した。
「どうやらここから先に進めって意味みたいだね」
「え~っ!? こんなところ行けるの?」
「大丈夫、私達くらいの身長ならこれくらいの大きさの穴、楽に進めるわよ!」
楓の言葉を聴いて菫は多少不安ながらも渋々頷いた。
先頭を雫が進み、一番最後に楓が行くことになった。通気口のダクトくらいの大きさである抜け道はなかなか出口につかなかったが、しばらくすると希望の光が見えてきた。蓋を開け地面に降り立つと、そこにはさっきの部屋よりももっとたくさんのコンピュータ、モニター画面などがズラリと並び、まるで兵隊が整列しているようだった。さらに、天井付近の壁の四隅に不思議な物体がくっついていた。それを不審に思いながら警戒し、先の狭い通路を進むと、超巨大なコンピュータがあり、三つの巨大画面が壁の前・左・右に固定されていた。そこで三人は見覚えのある人物に出くわした。
「また会ったな、十二属性戦士よ……」
そう、それは白衣に身を包んだ老人――オドゥルヴィア博士だった。
「博士、こんなところで一体何を?」
「くっくっく。なぁ~に、今に分かるさ。貴様らも気を付けることだ。もう第三の封印も解き放たれ、五つの封印も残り二つになってしまったぞ?」
オドゥルヴィア博士の不敵な笑みに唇を噛み締め悔しがる雫。すると、オドゥルヴィア博士が片手に持っている謎の物体に気付いた楓がそこに視線を向けた。その視線に気づいた博士が感心するように声をあげる。
「ほぅ、察しが良いな。これか? これは今から我が行う実験の為の品だ……」
そう言って博士はコンピュータにそれを送り込んだ。
「貴様らも聴いたことぐらいあるだろう? コンピュータウイルスだよ……」
「コンピュータウイルスですって!?」
菫があまりにもの驚きに声を上げる。確かに聴いたことはあるが、実際にこの目で見れるというのであれば見てみたいという興味があった。研究者としての探求心がやはり疼くのだろう。もしこの場に雷人がいたのであれば彼も同様、興奮していたかもしれない。
「グフフフフ……だが、ただウイルスを繁殖させても面白くはないと思ってな。少々改良を加えさせてもらったのだ。それがこのコアだ! このコアには物体創造装置がついている。つまり、これをコンピュータの中に送り込み、このコンピュータウイルスのデータが入っているディスクを入れさえすれば、西の城全域のシステムを完全に我が手中に収めることが出来るのだ。そうすれば現実世界に封印されている怪物を蘇らせることも可能だ!貴様ら十二属性戦士の四代目らは、この場所にて怪物をプログラム化しコンピュータの中に封印してしまいおった。それ以来一歩も外に出られなかった怪物は、ついに肉体を失った。だからこそ我はこの物体創造装置でこの世に再び怪物を復活させることにしたのだ!! さぁ、我の物体創造装置の実験となるがいい、西の怪物――いや、西の機械よ!!」
長い話を終えたオドゥルヴィア博士は、三人が止めるのも構わずディスクを挿入しコアをコンピュータに読み込ませた。
「さぁ、もうすぐだ! もうすぐこの城は完全な要塞と化す! ングフフフ、グハハハハ!!!」
大きく口を開き高笑いするオドゥルヴィア博士は、笑いながらキーボードを操作した。物凄い勢いでウイルスはコンピュータを蝕んでいく。
「やめろぉぉぉぉ!!!」
コンピュータを操作するオドゥルヴィア博士の背後から雫が声を張り上げながら攻撃した。
「ふっ、邪魔はさせぬわ!!」
オドゥルヴィア博士は懐に忍ばせておいた魔力吸収装置で雫の魔力を大量に吸収した。
「ぐあぁああああああああッ!!!」
「雫!!!」
楓がギリギリのところで救い出してくれたおかげで何とか全ての魔力を吸収されて残雪の様に石の如く固まってしまって動けなくなるということはなかったが、それでも相当な魔力を失ってしまい、雫は苦しそうに呼吸をしていた。
「この魔力が満タンになる時、光と影計画を進め、WWWことウェナベカル・ワルムガント・ウィリヴェラスがこの汚れ切った世界を破壊し尽くすのだ! 貴様らはその足掛かりとなるべき存在。ただの人間からだけでは魔力などゴミカスくらいにしか集まらぬ!! だが、貴様らは違う。神の力、『神王族の血』を四分の一であろうと引き継ぐ貴様らに、さらに十二属性戦士の力が備わっている。それは相当な魔力を持っている証拠だ。現に、貴様一人から魔力を吸収しただけでもこの量……。全員から吸収した時が楽しみだわい。グフフフ、グハハハハハハハハ!!」
魔力吸収装置と呼ばれる水晶玉の様な物を、目を細めながら口元を緩めて見つめるオドゥルヴィア博士。まさにその表情、気迫、力量、何もかもが人外の物だった。まさに彼が魔豪鬼神なのだ。時空を越えては来なかったが。しかし、考えようによっては封印されている間に彼自身は時を過ぎていたのだからオドゥルヴィア自身には時空を超えたと感じさせているかもしれない。
と、その時、警報が鳴りだした。
〈現在、セキュリティーが何者かによって制圧されています。非常事態のため、緊急ロックをかけます。作業員及び、研究員達は速やかに避難してください。繰り返します。現在、セキュリティーが何者かによって制圧されています。非常事態のため、緊急ロックをかけます。作業員及び、研究員達は速やかに避難してください〉
スピーカーから機械の音声が流れてくる。けたたましい警報音が鼓膜を震わせ嫌でも危険を知らせてくる。
「クックック、どうやら第一段階のセキュリティーが解除されたようだな。この調子で進めば完全にこの城を支配することが出来る! この実験が成功すれば量産することも可能だな」
ブツブツと新たな計画を企てながら顎に手をやるオドゥルヴィア博士。そんな彼の姿は、赤く何度も点滅する警報の光に照らされて不気味に三人の十二属性戦士の目に映し出されていた。
そして、一分が経過したところで警報が止まった。
「どうやら警報装置も制圧されてしまったようだな。さぁ十二属性戦士、いよいよ西の機械がこの場に蘇るぞ? 心の準備はいいか?」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべ手を高く掲げるオドゥルヴィア博士。コンピュータからは凄まじい電撃が走り、ビリビリ! バチバチッ!! と音を立てている。不穏な空気がこの場を包み込み、ついにコンピュータウイルスに感染したコンピュータと、データ化され封印されたという怪物の二つを融合し実体化させた西の機械が三人の十二属性戦士の目の前に出現した。この機械の体のどこかにあるコアを破壊しない限りこの西の機械は永遠に自分たちの邪魔をする。オドゥルヴィア博士もそのことを既に知っているかのように不気味な笑みを未だに浮かべ続けていた。
というわけで、西の城へとやってきた楓、雫、菫の三人。そして、相も変わらず邪魔をしてくるオドゥルヴィア博士とその仲間。今回の怪物はかつて四代目十二属性戦士の時代に猛威を振るっていたのですが、その四代目によってデータとしてコンピュータの中に封じ込められその肉体を滅ぼしてしまいました。そしてそれが博士の力によって蘇ってしまうという。
後半では蘇った西の怪物、もとい西の機械と戦います。