手錠の海
空は何処までも空で、海はいつまでも海だった。女の髪が一本真直ぐに伸びたような、水平の向こうからは果てしなく、波が打ち続けている。
そして汐がひいては、また白砂をのんだ。何だかもう全てが完璧で、息苦しくさえ思った。
「海がお好きだとお伺いしたのですが」
何か脆いものを触れるかのように男はいう。眼鏡を掛けた、端正な顔はいつか見たような気がした。
「ええ好きですとも。だけど、この手がひどく重いのです」
私の手には罪人のように手錠が嵌められており、とうとうその重さに耐え兼ねて砂丘の上に座り込んでしまった。
「あなたは臆病ですから、外せばどうせ逃げてしまうでしょう」
私はそうだ、といおうとした。口を開き、筋肉を縦に動かす。しかしそれは必ず反対の言葉になる。吹き替えられているのだ。ならば――「逃げない」
そのままだった。どうあがいても、男の望み通りにしかならない。
私の顔に男は自分のそれを女にするようにして近づける。
「あなたは海の向こうに、どんな国があるのか知っていますか?」
「知らない」
「見てみたいとお思いですか?」
「見てみたい」
男は私の答に満足したようで、笑った顔は冷たいというより、何か凄まじかった。そして腕を絡ませて私を立たせると、引きずるようにして海の方へ連れてゆく。踝で浸かっていたのが、みるみるうちにふくらはぎ、ふともも、やがて腰にまで及んだ。
きっと、殺される。