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「シゲ──二人の様子は?」

 ウサとマサトの様子を見ていないクボは、通信室に向かう途中でシゲに二人の様子を聞いた。

「マサトは消毒と縫合を終えたけど、麻酔をしないで手術をしたから全身の痛みに耐えてる。ウサは、眠ったままだ。骨折、火傷、それに頭を強く打ったらしい」

「二人はシャトル内のどこにいたの?」

「あ、聞いてない。タカ聞いたか?」

「ああ。マサトの話だと、ウサはコントロールルームにいる時に地震にあって。シャトルが滑り出したから、慌ててコントロールルームを出ようとしたんじゃないかって。コントロールルームの扉の外に倒れていたそうだ。マサトは、後方の動力室にいたんだけど、前方の爆発の衝撃で動力室も小爆発を起こしたらしい。なんとか動力室から出て、ウサのいるコントロールルームに向かったそうなんだ。途中の廊下は炎上していた箇所もあったらしいんだが、廊下に倒れてるウサを抱えて、炎の中を後方に向かってる時に、俺たちと会ったって」

「──そうか──。で、今シャトルは?」

 シゲが、通信室の扉を開けながらタカと顔を見合わせた。

「クレーターに落下したよ。もう、シャトルは使えない」

 クボは一層落胆した表情をして、通信室に入った。シゲとタカも後に続く。

「じゃ、交信を続けてくれ。一体どんな反応があったんだ?」

 席についたクボは、説明書のファイルを開けて、キーボードに手を置いた。

「かすかに音が入ったんだ。こちらから呼びかけても反応はしないんだけど、向こうから何か呼びかけているような音がするんだ」

 クボはスピーカーの音量を上げて、耳を傾けた。

 スピーカーからは、雑音とともに人間の声らしきものが入ってくる。途切れ途切れのその音は、徐々に鮮明なものになった。

『─シゲ──の通信を──れんら──』

 途切れながらも、聞き取れた箇所だけで、自分たちを探しに来たのだとわかった。シゲは更に一歩前に出て、クボの操作するモニタに顔を近づけた。

「何とか向こうにこちらの声を伝えられないか?」

「ウサさえいれば──あの子には不可能がないのに──」

 クボは、何度もマイクに向かって姿見えぬ者に向かって呼びかけた。

「こちら、エウロパ。こちらエウロパ。応答願います」

『──こちら──救助にむ──る──そち─の声は聞こえている』

 シゲは通信室の正面にある大きな窓から外を見た。大きな木星の横に小さく光る物体が近づいてきた。

「タカ──見えるか? あの光ってる──」

「ああ。この交信相手だろうな──」

 確実にこちらに向かってくる物体は、次第に輪郭を現した。

「あれは、地球からのシャトルじゃないか──」

「僕らの通信が途切れて、すぐに飛び立ってくれたのかな──」

 シゲたちのシャトルが着陸した地点から少し離れた広大な敷地に、地球からの救助のシャトルは止まった。扉が開き、船外服を着た者が四人降りて、こちらのビルに近づいてきた。

「タカ、下まで迎えに行こう。クボは医務室で待っててくれ」

 シゲは、タカを連れてコロニーの入り口に向かった。



「皆は無事なのか? 君らのシャトルがないが──」

 四人の中の老人が口を開いた。

「──はい。今のところ、全員生存はしていますが──」

 シゲは言葉を濁して、救助に来た四人を医務室に案内した。医務室に向かう途中、シャトルの発射事故の原因を聞いてみたが、老人が出発したときは、まだ何も解明されていなかったということだった。

 四人が医務室内に入ると、クボとヒロミの顔に笑みが戻った。

「私たち助かるのね!」

 喜びを隠せないクボとヒロミに対して、救助に来た老人はマサトとウサを見て暗い表情に変わった。


「この二人の容態は?」

「マサトは、火傷、裂傷、骨折。出血が多くて危険な状態です。ウサは、火傷、裂傷は軽いのですが、頭を強く打ったらしく意識が朦朧とした状態が続いています」

「もしかしたらと思って、医者を連れてきたよ。ナオ、判断してくれ」

 ナオと呼ばれた青年医師と一緒に来た青年二人が、ウサに近づいて包帯を解き始めた。

 その時、沢山の人の気配に気がついたのか、マサトが目を開けた。そして、目の前に立つ老人を凝視した。

「あ──あの──時の──」

「そうか──覚えておるか。五年前、一回会っておるの」

「──ええ」

 マサトは、記憶を蘇らせた。冷凍後四十年経ってるとか、ユウジは死んでしまったと伝えに来た、白衣の老人。忘れもしない、その老人の顔。

「わしの名前を、あの時は伝えなかったな。わしは──シュウじゃ」

 全員が老人の顔を見た。シュウといえば、シャトル内でマサトに聞いた名である。マサトと四十五年前にチームを組んでいた人物──。

──シュウはアングラから去ったって──

 全員の疑問が通じたかのように、シュウ老人はニッと笑ってマサトを見た。

「シュウはアングラから去った、とわしは言ったかな。本当はずっと東棟にいたんじゃ。マサトが冷凍保存されてから、冷凍保存の研究に身を費やしていたのだよ」

 マサトが上半身を少し起こして、シュウ老人に近づいた。

「本当に──本当に、シュウ?」

「驚くのも無理ないな。あの頃は二十八歳だった。わしは今七十三歳じゃ。そうじゃ。ナオがマサトとウサの様子を見ている間に、昔話でもするかな? それに──、伝えねばならぬこともある」

 その時、ナオがシュウ老人に椅子を勧めた。シュウはゆっくりと腰を下ろし、視線をマサトに合わせた。

「マサト。影で調べておったようじゃが──ユウジの死の真相を知りたいんじゃろ? シゲも知りたかろう」

 シゲもマサトのベッドの端に腰を下ろし、シュウ老人の話を聞いていた。

「それから、地球に帰ってきてからお願いしようかと思っていたことがあるのだが──ここで、お願いすることになるかもしれんのう──」



 マサトは、ナオに身体中の傷を確認されながら、シュウ老人の言葉に耳を傾けていた。

「どこから話せばいいかのう。四十五年前、マサトを冷凍保存すると聞いた時は本当に驚いた。そんな技術が完成しているなんて知らなかったからのう。ま、当時も今もテスト段階ではあるが、第一被験者が生還して来たのじゃ。この技術は完成したと言っても過言ではなかろう」

 シュウ老人は一息ついて、マサトの顔を眺めた。

「マサトは当時と何も変わらないなぁ。しかし、マサトが寝ている間に、わしとユウジは変わったよ。地球に帰ってきてから、冷凍保存を知っている者として、東棟に移された。他の研究員たちに情報が漏れないようにという配慮だったのじゃろう。そして、冷凍保存の研究チームに入ったのじゃ。わしは、素直に喜んだ。幹部のみが入れる東棟に入れたのだからな。しかし、ユウジは違っておった。人間の冷凍保存に反対だったんじゃ」

「──シュウは、冷凍保存に賛成なのか?」

 マサトは、目を細めて小さな声で聞いた。

「もちろんじゃ。研究者として人間の命を操作できるなんて、こんな嬉しいことはない。このアングラにいる者は皆そうだと思っておったのだが──。しかし、ユウジはマサトの冷凍保存の件もあってか、ずっと反対していたよ。研究に携りながら反対しているんだからな。「冷凍される者の気持ちも考えてくれ」とか「早く、マサトを連れて帰りたい」っていうのがユウジの口癖じゃった」

「僕も反対です」

 そう口を挟んだのは、シゲだった。

「人間は、自然の時の流れの中で生きるからこそ、一生懸命生きているんです。他人の力で冷凍されて時を止められ、そしてまた他人の力で知らない世界に放り込まれて。そんな冷凍された人間のことを考えていないシステムなんて──」

「ほう。やっぱりユウジの息子じゃなぁ。ユウジもそんなことを言っていたよ。マサトには自分の意思で生きてもらいたい。知的財産のために、知らない世界にひとりぼっちで目覚めさせるのは、あまりにも可哀想すぎるとな」

 シュウ老人とシゲとのやりとりを、マサトは目を閉じて聞いていた。

「しかしな、シゲ。わしも研究に携ってわかったことなのだが、この人間の冷凍保存のシステムは、知的財産を守るために開発された訳ではないのだ。もともと、病人の輸送用に開発が始められたのじゃ。

 まだ、エウロパの開発が始まったばかりの頃、エウロパで重体の怪我人、病人が出た時に、エウロパでは納得のいく治療が出来なかったんじゃ。かといって、地球に帰る体力も残っていない。そんな重体の人間を、息のある状態で冷凍して地球に輸送し、地球で解凍して治療をする──そんな目的で、開発が始まったんじゃ。

 しかし、完成間近になって、東棟の幹部たちは別のことを考えた。冷凍保存を利用すれば、今までは時の流れの中で失くしてしまった、優秀な技術者、研究者たちを、いつまでもこのアングラに残す事ができると考えたのじゃ。そんな時、当時知的財産と言われたマサトがウイルスに感染した。冷凍保存の機械はすでに完成もしており、あとはテストを残すのみだった。そこで、マサトは第一被験者となったのだよ。冷凍保存された人間を、輸送する技術がまだ開発されていないから、当初の目的──重体人の輸送は果たされてはいないが、知的財産を残すことには成功した」

「え? じゃぁ、俺はどうやって地球に帰ったんだ? 冷凍保存のまま輸送する技術はまだ完成していないのか?」

「輸送用保存器の試作機を一機だけ作ったんじゃ。それをこのエウロパに持ってきて、マサトを移し、地球に帰還させたんじゃ。その後、輸送用の保存器には致命的な設計ミスがあることが解ってな。マサトが戻って来られたのは、奇跡じゃよ」


 誰もが押し黙って、シュウ老人の話を聞いていた。このアングラの裏側で行われている研究。それは、人間の尊厳を無視したような研究だった。しかし、マサトは冷凍保存されなければ、確実に四十五年前にこのエウロパで命を失っていたのだ。反対すれば、マサトの存在を否定する。賛成すれば、マサトの苦悩を理解してやれない。そんな狭間で全員が口を固く閉じていた。

 マサトは、新しく包帯を巻きなおされた胸に手を当てた。

「ユウジは? ──ユウジは何で死んだ?」

「ここまで聞いてもわからんのか? あんまり冷凍保存に反対するから、殺されたんじゃ。一緒に事故にあった二人も、冷凍保存の研究職にありながら強く反対していた者なんじゃ。表向きには発表されていないが、今アングラでは、ガニメデやエウロパの開発よりも、冷凍保存の研究に力を入れておる。事故にあったユウジたち三人は、完成した冷凍保存器を壊そうとしたのじゃ。危険分子として東棟から追い出された三人は、ガニメデの開発に移された。そして他言されては困ると、永久に口を封じた」

 何の感慨もなく淡々と話すシュウ老人の言葉に、シゲは顔を高潮させた。「誰がそんなことを──」と呟きながら立ち上がり、胸倉を掴もうとした瞬間、目の前からシュウ老人が消えた。

 シゲよりも早く、タカがシュウ老人を殴り倒していた。

「どうして! どうして、そんなことが言えるんだ! 仲間が冷凍保存されて、冷凍保存に反対した仲間は殺されて! 二人ともお前の仲間だったんだろう? それでも研究第一なのかよ!」

「老人を殴るとは、ひどいのう。──わしは研究第一じゃ。仲間を犠牲にしてでも、未来のために完成させなくてはいけないものがある。未来の沢山の命を救うことになるのじゃ、この研究は」

 よろよろと立ち上がりナオの肩を借りて、再び椅子に座った。

 シゲは、タカの突然の行動に驚いて、シュウ老人を殴ろうとした思いがどこかへ拡散されてしまった。

「──タカ──」

「シゲが手を汚すことはない。こんな奴。仲間を何とも思わない奴──研究者の風上にも置けない──」

 タカは殴った拳を解くことなく、握り締めて震えていた。

「さて、ナオ。二人の様子はどうじゃ?」

 タカは、尚飄々とするシュウに更に殴りかかろうとした。が、クボがそれを押さえていた。

「耐えられそうにありません」

「何がだ?」

 マサトは不安そうに、自分から手を離したナオを見た。

「それでは、ここでお願いしようかの。もっとも、ウサは意識がないからお願いも何もないがな」


 シュウ老人はゆっくりと立ち上がり、マサトの顔の近くに歩み寄った。

「本来なら、地球での予定だったのじゃが──」

 そう言って、一呼吸置いた。マサトの表情にさらに不安が広がる。


「マサトをもう一度冷凍保存する」

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