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「クボ。交信は出来るのか?」
シゲは通信室に入ると、クボの元に走った。見慣れないモニタを覗き込む。
「今、各方面に信号を飛ばしてる。誰かがキャッチしてくれるといいんだけど──」
「そのまま続けてくれ。地球からの救助が近くまで来てるかもしれない。ここにいることが分かれば、きっと来てくれるだろうから」
「わかった。──で、マサトとウサは?」
シゲは隣の席に座ると、頭を抱えた。
「ウサは意識不明。マサトも重傷だ。今ヒロミが手当をしてる。誰の命も失わず地球に帰りたいな───」
クボは、それを聞いて目の前の台を思いっきり拳で叩いた。
「──俺が──俺がっ──」
繰り返し拳を打ちつけるクボの腕をシゲは掴んだ。シゲには、クボの言わんとすることが解った。
「クボ! 落ち着け!」
クボはシゲを振り解いて、頭を抱えた。
「船も爆発して、こんな誰もいない星に取り残されて──。この信号を誰もキャッチしなかったら、俺たちここで───俺のせいで──っ」
シゲは頭を抱えたクボを見つめていた。誰もクボを責めてはいない。しかし、クボにはそれもまた辛いのだろう。
「諦めるな。最善を尽くそう」
「──うっ──」
クボは、俯いたまま嗚咽を漏らしていた。シゲは、そっと立ち上がり通信室から出て行った。
「マサト──ウサ──死なないでくれ!」
通信室の扉の外で、シゲはクボの叫びを聞いていた。
「クボ──」
きっとクボはいつまでも責任を感じてしまうことだろう。無事、全員が地球に戻れても、クボはもう操縦桿を握らないかもしれない。そう思うと、シゲの気持ちも重くなった。
今はクボをそっとしておこうと、シゲは他の者がいる医務室に向かった。扉の前に立つと、中からマサトの呻き声が聞こえた。
「マサトっ!」
勢い良く扉を開くと、マサトが苦痛に顔を歪めていた。マサトの身体をタカが押さえつけ、ヒロミが火傷を負った部分を消毒していた。
「マサト、お願い──じっとして!」
ヒロミが、マサトの血で真っ赤にそまった脱脂綿を足元のゴミ箱に捨てた。新しく消毒液を浸した脱脂綿をマサトの傷に近づける。
「──う─うわぁっ!」
身を捩り苦痛に耐えるマサトから、シゲは目を逸らした。
「ヒロミ、麻酔はないのか?」
「あるんだけど、マサトがウサに使ってくれって。マサトも相当辛いはずなんだけど──」
「マサト、麻酔使えよ」
消毒液と血液の混ざった脱脂綿がマサトから離れると、息を荒くして首を振った。
「俺は、まだ我慢できる──。ウサのために取っておいて──」
「でも、お前も裂傷や火傷が酷いんだぞ」
「──ここの物には限度があるんだ。いつ救助が来るか分からない。残せる物は残しておかないと──。ヒロミ、このまま続けていいっす」
ヒロミはため息をついて、また新しい脱脂綿を大腿部の裂傷に近づけた。血液の止まらない傷口を消毒する。脱脂綿はあっという間に真っ赤に染まった。
「──んっ──あああっ!」
喉を仰け反らせて、マサトの身体が勢い良く浮いた。しかし、タカがすぐにマサトの肩をベッドに押さえつける。マサトはその細い身体から出るとは思えないような力で、身を捩じらせていた。
一通り消毒を終えると、ヒロミは開いてしまっている傷口を縫い合わせた。その間にも、マサトの悲鳴は止むことがなく、全てが終わった時には、息を荒くして、胸を上下させていた。
「マサト──お疲れ様」
ヒロミの声に答える力もなく、全身を包帯で包まれたマサトは目を閉じたままぐったりしていた。
すでにコロニーに入ってから、約一時間が経過しようとしていた。
シゲはマサトの隣に眠るウサを見つめた。
「ウサは?」
「ウサはマサトより先に手当したの。火傷も裂傷もそんなに多くはないんだけど、足と肋骨が骨折してて、頭を強く打ったみたい。スキャンがないから詳しいことはわからないけど、意識がないのは頭を打ったせいかも」
ウサは眉間に皺を寄せて、そのまま眠り続けていた。
「一度も意識は戻らないの?」
「たまに、うわ言のようにタカの名前を呼んだり、痛いって繰り返すわ」
「タカが傍にいても反応はないの?」
「うん。目が開けられないからみたいだから。きっとかなりの痛みなのよ──」
マサトとウサを交互に見た。マサトも目を開かずに、荒い呼吸の間に唸ったりしていた。
「マサトに鎮痛剤は?」
「それは注射した。けど、効かないみたい。本当は麻酔を打ってあげたいんだけど──」
その時、クボが医務室に入ってきた。
「シゲ。どこからかわからないんだけど、交信に反応があった。誰かがエウロパに近づいてるみたいなんだ」
「わかった。通信室に行く。ヒロミ、マサトとウサを頼む。タカも通信室に来てくれ」
タカはウサの手を一度強く握ってそっと離すと、包帯の巻かれた頭を撫でてベッドから離れた。隣ではマサトが歯を食いしばって、痛みをこらえていた。身体中に巻かれた包帯に、赤い色が滲んでいた。
「シゲ──役立てなくてごめん──」
マサトが、少しだけ身体を起こしてシゲに話しかけた。大腿部の血液の染みが見る見る広がる。シゲはゆっくり身体をベッドに横たえた。
「お前は、身体を休ませておけ。麻酔なしの治療で体力を使い果たしたんだから。タカ! クボ! 急いで通信室に戻ろう。通り過ぎてしまわないうちに、ここにいることをアピールしなくちゃ」
三人は走って通信室に向かった。




