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ウサは、コントロールルームのパネルに向かって、停電の原因を調べていた。
「ここと、ここが切れてるなら──。やっぱり動力室のどっかが断線したのかな──」
立ち上がり、コントロールルームを出ようと扉に近づいた時に大きな揺れがシャトルを襲った。
「──何っ! 地震っ?」
前方を映し出すモニタを見ると、地面が動いていた。しかし、瞬時にシャトルが動き出したと判断した。
「──ここやばいっ!」
後方にある出入り口の傍に船外服が用意してあることを思い出して、廊下に飛び出した。
「────っ!」
再び、大きな衝撃があり、爆風が背中を押した。
「──タカっ!」
熱いと感じたのは一瞬で、廊下の壁が近づいたと思った瞬間には、全ての感覚が麻痺したようだった。
浮遊するような感覚の後、目の前に見覚えのある映像が見えた。
それは、初めてタカと会った場所。
太陽光を避けるように、日陰で座り込んでいたウサは、少しずつ太陽の光が足元に近づいてくるのを眺めていた。このまま、日向に出てしまい、太陽光を浴び続ければ、一時間もしないうちに死んでしまうだろう。それでもかまわない。望むところだ、とぼんやり足元を見ていた。
「何をしているんだ!」
遮光車から飛び降り、ウサを抱えあげて車に乗せた。
「何するの! 下ろして!」
「何言ってるんだ! あんな所にいたら死んでしまうだろ!」
「だって、ウサには生きていく場所がないんだもん!」
「──とりあえず俺んちに来い」
汚れた手で潤んだ目を擦りながら暴れるウサという少女を、タカは自分の家に連れて帰った。
部屋に着くと、ウサをシャワールームに放り込んだ。タオルと着替えを渡し、扉を閉める。まもなく、水の音がした。
そして、タカの大きな服を纏ったウサを椅子に座らせ、コーヒーを渡した。タカは正面に座り、綺麗になったウサの顔を良く見た。自分より五歳くらい年下に見える。道端で拾ったときは、もっと幼く感じた。
「親は?」
「──いない」
「家は?」
「孤児院から抜け出したの」
「どうして?」
「だって、大人になったら出て行けって言われるもん。ずっと一緒に居たい人とずっと一緒に居れないのはイヤ」
熱いコーヒーを啜りながら、淡々と答える。そして、コーヒーを飲み終わると椅子から立ち上がった。
「どうもありがとう」
「どこ行くの?」
「どっか」
「俺と一緒にいたら?」
「どうして?」
「なんとなく」
「イヤよ。仲良くなってから別れることになったら辛いから」
「ずっと一緒にいればいいじゃん?」
ウサは、少し悩んで首を縦に振った。突然、何の前触れもなく始まった二人の生活。それから、タカとウサはいつも一緒に居た。親子でもない。恋人でもない。ただ一緒に生きてゆく相手。
爆発に巻き込まれ、薄れ行く意識の中、ウサはタカを強く想った。
──タカ、ごめん。ウサが約束守れないかも──
動力室にいたマサトは大きな揺れを感じた瞬間に、作業をしていたバッテリーが大きな音を立て爆発した。
「うわぁっ──!」
数メートル後方に飛ばされ、頭を振って立ち上がろうとしたとき、小さな振動に気がついた。
───シャトルが動いてる?
そう思ったときには、爆風が背中を焼いた。
「──っ!」
───ウサが危ないっ!
痛覚がなくなるほどの熱さに堪え、動力室の扉を開けると廊下の熱い空気がマサトを包んだ。
「──ウサ──無事でいてくれ──!」
立ち止まったシゲの目の前で、突起にぶつかったシャトルの前方が突然爆発した。シャトルの破片がシゲたちの足元に落ちてくる。
「マサト! ウサ!」
まだ、小さな爆発を繰り返すシャトルにシゲは駆け出した。
「シゲ!」
タカは追いかけようとして、足を止めた。
「クボ、ヒロミ! お前たちは、コロニー内に入っててくれ。ウサが指示したように、ガニメデと地球に交信を試みてくれ!」
そう言うとシゲを追いかけて、シャトルに向かった。
その時、再びシャトルが大きな音を立てた。
「いや───っ!」
ヒロミの叫びは、爆音でかき消され、クボに引き摺られるようにしてコロニー内に入った。
シゲとタカはシャトルの後方の入り口の前に立ち、マサトとウサの生存を願っていた。
熱くなっているシャトルの後方の扉を開くと、熱風が押し寄せてきた。
「ここまでは破損していないな。早く入って、マサトとウサを──」
シゲが言い終わらないうちに、タカはシャトルに飛び乗り奥に進んでいった。
「ウサーっ! マサトー!」
照明の消えた暗いシャトルの中を手探りで歩いていると、二人のすぐそばで呻き声が聞こえた。
「──っ! こ─ここに──いま──す──」
タカとシゲは走って、声のするほうへ向かった。ショートする火花に照らされて、マサトが見えた。
「マサトっ! 無事か!」
マサトは、額から血を流しながら、腕にウサを抱えていた。抱えられたウサはぐったりとしていた。
「ウサ! ウサっ!」
タカが声を掛けても、呻き声一つ上げずに目を閉じていた。
「コントロールルームの──そばで、──爆発に巻き込まれたから──」
マサトが途切れ途切れに、ウサの状態を話そうとした。
「まずは、ここから離れよう。タカ、二人をレスキューボールに乗せてコロニーまで運ぼう」
タカはマサトからウサを受け取り、マサトはシゲの肩を借りて、更に後方のレスキューボールのあるところに向かった。
レスキューボールは、シャトルからシャトルに移る時などに使われる一人、もしくは二人用の球体の移動用装置である。怪我をしているウサは、船外服を着てコロニーまで歩くのは不可能なので、レスキューボールを利用してコロニーに運ぶことにした。少々重たくなるが、重力の小さいエウロパなので、シゲとタカ二人いれば、何とかコロニーまで運べると判断した。
シゲは、レスキューボールの扉を開いて、マサトを先に乗せた。続いて、ウサをレスキューボールに乗せる。マサトが中から引っ張り上げ、何とか中に納まった。
シゲは、レスキューボールの扉を閉め、タカはレスキューボールの操作室に入った。タカはレスキューボールを船外に出すための長いアームを操作した。衝撃が少ないようにゆっくりと動かす。地面に着いたところで、レスキューボールからアームを外し、船内に格納した。
「じゃ、外に出よう。早く、このシャトルから離れないと──」
アームを動かしていたタカが、シゲを促して船外に出た。
レスキューボールの傍に駆け寄った二人は、両方から手を掛け、持ち上げた。軽いとは決していえない重さのボールを、ゆっくり慎重に、しかし早くシャトルから離れようと、確実に歩みを進めた。
既に閉じられているコロニーの扉を、シゲは再び開け、コロニー内に入った。扉が閉じると、天井から空気が一気に入り込み、室内に酸素が取り入れられたことが分かった。
その時、閉じられた透明の扉の外が赤く光った。振り返ると、今離れたばかりのシャトルが更に爆発し、その衝撃で滑り止めになっていた岩の突起が砕かれた。シャトルは大きな音を立てながら、クレーター内に滑り落ちていった。着陸をした所には煙と粉塵があるばかりで、そこにはシャトルの姿はもうなかった。
シゲとタカは言葉もなく、その様子を見つめていた。シゲが「行こう」と小さく呟き、更に奥の扉を開いた。扉の先には、ヒロミが二つのストレッチャーを用意して待っていた。
「マサトもウサも無事なの?」
シゲとタカは、返事をしないでレスキューボールの扉を開いた。中から血液の匂いが広がる。タカはゆっくりとウサを抱えて、レスキューボールから出した。ヒロミと二人でそっとストレッチャーに寝かせ、血液で額に張り付いた前髪を掻き上げた。
「ウサ、きっと助けてやるから」
一方シゲは、マサトに肩を貸し、マサトは自力でストレッチャーの上に寝た。
「三階に大きな医務室があるの。簡単な治療は出来そうだから、そこへ運んで」
ヒロミは、大きな瞳に涙を浮かべながらも、衛生士として行動した。
「クボは、通信室から交信を試みてる。シゲは通信室に向かって。私は、二人の治療をするから。タカも手伝ってくれる?」
一刻を争う状態のウサを見て、ヒロミはウサのストレッチャーを押して、タカと共に三階に向かった。




