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マサトは話し終えると、シゲの近くに歩み寄った。足元に座ってシゲの顔を両手で包んだ。

「本当に──ユウジにそっくりだ──」

「小さいとき、親父に聞いたことがあるよ。大事な友達と別れたことがあるって。約束を守りたいんだって。守らなくちゃいけないんだって、いつも言ってた」

シゲの顔から手を離すと、シゲの膝の上に顔を伏せた。

「まさか、それがマサトだったなんてな──。信じられないよ」

「──ユウ──ジ──」

マサトの声は震えていた。四十年の時を越えて目覚めた者の苦悩。どんな言葉をかけても、マサトの心は癒せないのではないかとシゲは思った。あまりに重い告白に、誰からも言葉が出てこなかった。

シゲはマサトの頭を軽く叩いて、言葉を絞り出した。

「──話してくれてありがとう」

ゆっくりマサトは顔を上げ、窓の外を見た。外には、昔に見た記憶のままの大きな赤茶色の惑星が見えた。

ユウジと一緒に見た時と、何も変わらない太陽系最大の惑星。

「木星が見える──。もうすぐエウロパに着くよ」

そう口に出して、気がついた。ユウジも赤茶色の惑星を見つめながら、同じ事を呟いたのだった。思わず口元が綻ぶ。

そして、全員が窓の外を見た。美しい太陽系最大の惑星が見える。マサトは腕時計を見て、暫く目を閉じた。何かのスイッチが入ったように勢いよく目を開き、立ち上がった。

「さぁ、着陸準備をしなきゃ。あ、それとお願いなんすけど。これからも、その──俺との関係は何も変えないで欲しいっす」

シゲは頷き、ウサは「もちろんっ!」と元気に答えた。他の者も皆頷いてマサトを見つめる。

「じゃ、準備を始めよう。クボは着陸準備。マサトは着陸場所をクボに指示してくれ。ウサは着陸後、エウロパからガニメデや地球と交信が出来ないか確認すること。マサトは手が空いたら、エウロパの簡単な地図と、酸素、燃料の保管場所を僕とタカに教えてくれ」

シゲは、テキパキと指示を出すと全員が散らばった。




クボと打ち合わせが終わったマサトが、シゲとタカのいる実験室に来た。

「エウロパのメインコロニーの略図を書いたっす。着陸したら、船外服を着て、コロニーに入ります。コロニーに入って正面の大きなビルの地下に酸素、燃料は保管してあります。専用のエレベータで各タンクをシャトルの傍まで運べます。このタイプのシャトルなら、タンクの設置も自動で出来るはずですので──」

「え?そんな技術もここにはあるのか?」

シゲは、驚いて手に持っていたペンを机に落とした。

「ええ。重力の小さいエウロパでは可能だったので、開発されました。地下でコントロールすれば、すべて全自動で搭載可能です。クボには、着陸の方法、場所も細かく指示してますから。問題ないです。ただ──」

俯いて言葉を濁らせたマサトをタカが促した。

「ただ──何だ?」

「燃料がギリギリだと思います。到着してから、ゆっくりと専用スペースに入るためには、それなりの燃料が必要なので。余計な動きをして燃料を使いすぎたら、専用スペースまで辿り着けません」

「クボの操作能力なら大丈夫だろ?」

「ええ。信じてます。まず大丈夫だとは思うのですが」

マサトはそこで言葉を区切って、略図にさまざまな注意事項を書き込んだ。シゲとタカがそれを目で追う。リズム良く書いていた手が途中で止まった。

「さっき話した、四十年前の話なんすけど」

マサトは、ペンを置いてゆっくりと話し始めた。

「子供であるシゲにこういうことを言うのは、ちょっと躊躇われるけど、一応話しておくっす。ユウジの死に、俺、疑問があるんっすよ」

「疑問?」

「後から聞いた話がどうも腑に落ちなかったので、東棟のシークレットルームにある資料で調べたんすけど、ガニメデの事故は、ユウジの他に二人も死んでたんです。それが、ユウジと一緒にチーム組んでた人とかじゃなくて、三人とも何の関係もない人だったんすよ。それって変でしょう?」

タカは首を傾げて、シゲを見た。シゲは頬杖を付いて口を開いた。

「事故だろ?そこに居合わせただけじゃないのか?」

「いや。その事故は、ガニメデでビル建設の途中に三人がビルから落下したっていう事故だったんすよ。建設に携っていた、技術員一人と研究員二人が死亡って。ガニメデの技術員のユウジと、地球でシャトルの開発をしていた研究員、それと開発室の研究員の三人だったんっす。ユウジは、まぁ、ガニメデの技術員だから、そういうこともあると思うんっすけど。同時に事故にあった他の二人が変でしょう?」

「それで、真相は分かったのか?」

タカが結論を急ぐように聞いた。

「まだわからないっす。当時、ユウジと仲が良かったシュウも、アングラを去ったし、当時の人間は、もう死んでるか、引退してるかっす。資料だけじゃ、わからないっすね」

タカは、眉間に皺を寄せて、シゲに断りを入れた。

「シゲ、気を悪くしないでほしいんだが──。マサト、それは他殺かも知れないってことなのか?」

マサトは黙って頷いた。


その時、船が大きく揺れた。

「どうした?何があった?」

シゲが内線を使って、シャトル内の全員に呼びかける。誰も答える者はいなかった。シゲは実験室から飛び出し、コントロールルームに向かった。

「クボ!どうした?」

コントロールルームの窓の外には、エウロパのコロニーが見えた。着陸用と思われる大きなスペースも見える。シャトルは左右に大きく揺れながら着陸用のスペースにゆっくり近づいていた。クボは操作に集中、ウサはモニタを見ながら、何かをカウントダウンして叫んでいる。その時タカがコントロールルームに入ってきた。

「ウサ!どうした?」

タカがウサに近づくと、ウサは額の汗を拭おうともせずに、モニタに移る燃料の残量をカウントダウンしていた。

「燃料が足りないんです!飛行に必要な燃料を最小限にして着陸をしてるんですが──。予定の場所まで辿り着くか──」

クボが操縦桿を握りながら、必死に説明した。

「あと四キロだよ!燃料はあと三キロ分!クボ!どんなに揺れても右に寄らないで!」

ウサは燃料のモニタ、シャトル前方を映し出すモニタを交互に見て叫んだ。

「右の暗い部分はクレーターか?」

シゲは、シャトル前方を映し出すモニタを凝視した。シャトルを誘導するように白いラインの引かれた道の右には、海のように暗い空間が広がっていた。

「着陸してから、ゆっくりスペースまで動かそうと思ってたんだけど、スペースに直接着陸するよりほかに方法がないんだ!」

「こんなところにクレーターが出来たなんて──」

コントロールルームに入ってきたマサトは、四十年前との違いに驚いていた。

「絶対着陸してやる──」


クボの戦いは三十秒後に実った。墜落同然のような着陸だったが、見事予定箇所に着陸できたのである。

「良くやったな、クボ──」

全員の祝福を受け、クボは袖で汗を拭った。

「でも、ここは不安定すぎる。すぐ横にクレーターがあるんじゃ危険だから。早く燃料と酸素を装着して、少し移動しよう」

マサトの冷静な判断に、全員が頷いた。

「ねぇ、マサト──。今の、無理な着陸のせいで、エンジンが変になってる。あとね、着陸の衝撃で、電気回線がやられた場所があるみたい。ほら、廊下の電気ついてないでしょ?」

ウサが、キーボードをカタカタ叩きながら、マサトを振り返った。マサトは廊下を確認すると確かに電気が点いていなかった。

「ウサと、マサトはここに残って、シャトルの修理しなきゃ」

シャトルの修理は、機関士であるマサトの仕事であり、電気技術士でもあるウサの得意分野であった。マサトは、シゲとタカに、先ほど説明した略図を渡し、操作方法が書かれてるファイルのある場所を教えて、コロニーに向かわせた。

「クボ、お願いがあるの。通信室を探して、無線が作れそうな材料を見繕っててもらえる?ウサ、あとで追いかけるから。あと、そこの通信室から、ガニメデと地球にSOS信号出しておいて」

「え?俺、一人で?」

「私も手伝うよ」

ヒロミが名乗り出て、クボと共に通信室に向かうことになった。

シゲ、タカ、クボ、ヒロミは船外服を着て、シャトルの外に出た。


エウロパの地上は、太陽から遠いためか、日が差しているにも関わらず、寒かった。

「船外服を着てても寒いっていうのは、すごい寒さってことだよね?」

ヒロミが腕を摩りながら、急ぎ足になった。後ろを歩く、タカとシゲは、地上とは違う重力に慣れないようだった。しかし、重力よりも気になることが二人にはあった。

「さっきのマサトの話。途中になっちゃったな」

タカは、シゲの顔を見た。やはり気になっているらしく、少し落ち込んだ表情をしていた。

「他殺だとしても、どうして親父がそんな目に遭わなきゃならないんだ──?」

コロニーの入り口に到着したシゲは、扉の隣にあるパネルに、先ほどマサトから教えてもらったIDとパスワードを入力した。

パスワードの最後の一桁を入力終えた時、扉が開くのと同時に地面が大きく揺れ始めた。

「な──なんだ?」

「地震か?」

十秒ほど続いた揺れが収まると、ヒロミが悲鳴を上げた。

「シャトルが────!」

それを聞いた三人が振り返ると、シャトルがゆっくりとクレーターの方に滑るように動いていた。

「なっ──クレーターに落ちるっ!」

シゲは、シャトルに向かって走り出した。シャトルは、クレーターの傍にある大きな岩のような突起にぶつかり、クレーターに落ちるのは免れた。

しかし、次の瞬間。目の前が真っ赤になった。

走っていたシゲが、思わず立ち止まった。

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