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タカは、十九時にロビーへ行くと、既にヒルが待っていた。
「タカの名前で遮光車を借りてくれないかな? 僕は、車の扱い荒いから、受付の子たちに嫌われてるんだ」
タカは受付で遮光車の貸出を申請し、ヒルと共に地下駐車場に向かった。
十五分程走って、小さなビルの地下駐車場に入った。ヒルは、トランクから荷物を出し、すたすたと扉に向かって歩き始めた。タカは慌てて追いかけ、ヒルと共にエレベータに乗った。
三階で降りると、そこには廊下などはなく、広いフロアが一つあるだけだった。書類棚のようなスチール製の棚がいくつも並ぶ方角に向かって、ヒルは声を掛けた。
「ユウセイ! ここにいるんだろ?」
書類棚の向こうから、ユウセイが顔を出した。タカの顔を見て、一瞬青ざめたようだった。
「ヒルさん? ──どうしてこいつを連れて来たの?」
「来たいって言ったから。まずかった?」
ユウセイは再び姿を消すと、どこかへ逃げ出すような素振りを見せた。タカは走ってユウセイを追いかけて、床に組み伏せた。
「どうして逃げるんだ?何かやましいことでもあるのか?」
「──何もないよ──。ヒルさん──何で連れてきたんだよ──」
ヒルは、荷物を床に置き、ゆっくりと近づいてきた。
「ユウセイが突然いなくなったからね。事故ったシャトルのクルーが帰ってくるって聞いた途端いなくなったから、何か知ってるのかと思って。タカもその事で聞きたいことがあるそうだ」
タカはユウセイの上に乗ったまま、腕を締め付けるのを緩めた。
「ユウセイ。知ってる事を話してくれ」
「知らない。何も知らないよ」
「じゃぁ、どうしてそんなにタイミング良くアングラから消えたんだ?」
「偶然だよ、偶然」
ヒルは苛立ったように、ユウセイの顔の前にしゃがんだ。
「偶然なものか。いつも言ってたじゃない。知的財産の人間を冷凍保存する噂は本当だって。そして、そんなことには反対だって」
「──そんなこと──っ」
「いつも僕に言ってたじゃん? 大っぴらに反対すると殺されるから言えないけどって。見たんでしょ? ここに入ってすぐに、ガニメデで人が殺されるのを見ちゃったって言ってたよね? 許せないって」
タカは思わず、ユウセイの上から床に降りて、ヒルの顔を凝視した。
──ガニメデで殺された人を見たって? それって──
「どういうことだ? 詳しく教えてくれ!」
青い顔のまま床に座り、ぽつりぽつりと話し出した。
「俺がここに来て間もなく、ガニメデの開発要員としてガニメデに向かったんだ。ビルを建築する仕事だった。その時、仕事中だったにも関わらず全員に休憩の命令が出たんだ。まだそんな時間じゃなかった。しかし、地球から幹部が偵察に来ているとかで、全員現場の事務所に戻るよう言われたんだ。俺も一旦は事務所に戻ったんだけど、現場にタバコを置いてきたのを思い出して、事務所から外に出たんだ。その時、地球から来たという男が五人くらい建設中のビルに登っていった。その後、タバコを取って、何となく上を眺めながら戻ってたんだ。そしたら、三人の男がビルから落ちてきた。その時、見たんだ。残った二人が三人の背中を押していたのを──。
その後、上に残っていた男の一人はシュウと呼ばれていることがわかった。そして死んだ三人は、冷凍保存のプロジェクトの反対派ということがわかったんだ。都合の悪い人間を殺してまで勧める冷凍保存のプロジェクトに、俺は反対だった。しかし、殺人現場を見たと言っても証拠はないし、そんなことを声高に叫んだら僕も殺されるだろうからね。だから、今まで黙っていたんだ──」
「そんな──。シュウが──シゲの親父を殺したっていうのか──」
タカの小さな呟きは、二人の耳に届かなかった。小さく息を吐いて、ユウセイに届くくらいの声で聞いた。
「それで? それで、お前も冷凍保存に反対だが、声高に叫ぶと殺されるからって、俺たちを殺してアピールしようとでもしたのか?」
ユウセイは青い顔のまま強く首を振った。
「違う! 殺そうとしたんじゃない! 殺したいわけじゃないんだ! 辛く長い人生を送るよりは、今ここで事故に遭った方が幸せなんじゃないかって──。ここにいつまでも縛られて、親しい人の居ない世界に何度も目覚めるよりも、事故に遭ったほうがいいんじゃないかって──。ウサが知的財産になるって聞いたから──。冷凍保存になんてさせたくなかった──」
ユウセイは、自分のしたことは決して悪いことではないと信じているように叫んだ。ヒルは、感情を押し殺したまま、冷たい声でユウセイに話しかけた。
「ユウセイの冷凍保存の反対理由は何だった? 人間の手で、人間の人生を操るなんてモラルに反してるって言ってたでしょ? でも、ユウセイのやってることはそれと何ら変わらないことだよ。そんなことでウサをあんな危険な事故に遭わせたのか?」
ユウセイは、床に頭をつけてただ首を振っていた。ヒルは、そのまま胡坐で床に座り、更に続けた。
「大体、ユウセイが言ってた知的財産者の冷凍保存だって、ただの噂だろ?」
ユウセイが答えない代わりに、タカが小さな声で答えた。
「いや、本当だ。知的財産者を冷凍保存する技術がここにはある」
ユウセイは青い顔を持ち上げ、ヒルはタカの言葉を小さく口の中で復唱しているようだった。
「──え? 冷凍保存の技術がここにあるって?」
「ああ。マサトとウサは、負傷して帰ってきてることになっているが、本当はエウロパで冷凍保存されている。向こうで負傷して、地球に戻る体力がないから、仕方なく──」
タカは、マサトとウサの眠る顔を思い出し、一時目を閉じて深く呼吸をした。胸の奥から込み上げてくる何かを飲み込み堪えて続けた。
「マサトもウサも、エウロパで眠っているんだ。ユウセイ。お前のやったことは、理由がどうであれ、許せないことだ。俺も冷凍保存には反対だ。しかし、反対だからといって、冷凍保存になる人間を殺していい理由にはならないだろう? それがその人間のためだと言っても、決して認められることではない。確かに今回、マサトとウサも冷凍保存で眠るよりは、このまま自然の時間の中で命が消えて行くほうが幸せなのかもしれないとも思った。しかし、それは俺たちの決めることじゃない。今回の冷凍保存は──治療のための冷凍保存だ。決して知的財産を守るための冷凍保存じゃない。だから、俺たちはマサトとウサを──置いてきた──」
最後の一言を搾り出すように言ったタカは、そのまま黙り込んでしまった。
そのまま暫く三人は黙ったまま座っていた。窓の外では、風が吹き荒れ、砂埃が窓に打ち付けられていた。一際大きな音がした時、それがきっかけかのように、ユウセイが語りだした。
「僕はただ、冷凍保存を反対しただけだ。それで、仲の良いクボに話をしてみた。一緒に飛ぶ仲間が冷凍保存になるかもしれないと聞いて、心底驚いていたよ。それで提案したんだ。シャトルが事故に遭って、冷凍保存になる人間が消えれば、冷凍保存は実行されないって。大切な仲間が、辛い未来を送るのを救えるって教えたんだ。シャトル打ち上げの二日前にプログラムを書き換えるように言ったんだ。クボは前日の健康診断で不調を訴えれば、補欠クルーが搭乗することになる。そうすれば、クボは事故に巻き込まれない。そして打ち上げ前日に事故を起こすようにしたんだ。
でも、プログラムの書き換えが終わった打ち上げの二日前の午後に、クボは「こんなことやめよう」と言い出したんだ。もう、準備は完了してるのに。クボの手で準備をしたのに、そんなことを言うんだ。「最終訓練には俺が出る。書き換えたプログラムは破壊して、正常なプログラムに戻す」なんて言い出したんだ。だから僕は、クボを混乱させた。そんなこと考えられないように。脳を混乱させる電波を発信する機械を、クボに埋め込んだんだ」
「ひょっとして、それは事故前日のロビーで?」
タカはシゲの話を思い出していた。クボがロビーで起きていたんじゃないかと言っていた。話し声がしたとも。それは、クボがユウセイと話をしている声だったのだ。
「そう。あそこで寝ているクボを見つけて、プログラムの書き換えが終わったかを確認したんだ。そしたら、そんな事を言い出すから。あの場で、埋め込んだんだ。特殊な器具を使えば、簡単に埋め込めるからね」
タカはポケットに手を入れた。もぞもぞ動かしてから何かを握って、ポケットから手を出した。指を開くと、クボに埋め込まれていた受信機と、シャトルに設置されていた発信機があった。
「これだろ?」
「クボは何も言わなかったのかい?「僕がみんなを殺そうとした」って?」
無理に笑いながら聞くユウセイに、タカは眉間に皺を寄せて目を細めた。
「ヒルさん。もう帰ろう。こんな奴ともう話なんてしたくない」
タカは立ち上がると、出口に向かって早足で歩き出した。その時、ユウセイが後ろから声を掛けた。
「タカ! お前も冷凍保存されるんだぞ!」
足を止めたタカは振り返りもせずに答えた。
「知っている。冷凍保存には反対だが、怖くもないし、不安もない。大切な人と一緒に目覚めるために眠るんだ。知的財産なんて関係ない。俺の意思で眠って、俺の意思で目覚めるんだ。他人にとやかく言われる筋合いはない」
ヒルも立ちあがり、タカについて部屋から出て行った。
そして、タカはこの件を誰にも告げず、南棟の自室で冷凍保存の日まで静かに暮らした。




