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コンクリートの熱を背中に感じていた。視界には、聳え立つロケットと、青い空。久しぶりに地上に出てきたら、猛烈な太陽が出迎えてくれた。
明日にはあの白いロケットに乗り、エウロパまで探査に出る。この青い空、灼熱の太陽とはもう会えないような気がした。不快に思うこの熱い空気も日光も、身体全身で感じておきたい。
青年は、コンクリートに手足を投げ出し、仰向けに横たわっていた。足元には、もう一人青年が座っていた。明日、一緒に飛び立つ者だった。
「絶対、地球に帰って来よう」
足元から聞こえる声に、ぼんやりと頷く。
百年以上に渡る物語の歯車は、ここから回り始めていた。
二十一世紀終盤。まだ人工大気圏が完成していない氷の星エウロパでは、コロニー内で宇宙開発が行われていた。その中でも一番大きなコロニーの中では、秘密裏にある作業が行われていた。 白い蒸気の立ち上る円柱の透明な容器から、無数のケーブルが延びている。高さ二メートル、直径六十センチのその円柱の中には、一人の人間が眠りにつこうとしていた。
「四十年後、また会おう」
震える指でスイッチを押すと、透明な容器の表面はみるみる白くなり、中の人間が確認できないほどに不透明になった。 円柱の容器の前には、銀色のプレートが貼られていた。
『未来の科学者に託す 現代の最高の頭脳 ここに眠る』
朽ちたコンクリートの塊に、容赦なく太陽光が照り付けていた。ここは日本という国の新宿という街だった所。水深五メートルの海水からコンクリートが生えている。二十世紀に「都庁」と呼ばれたコンクリートの塊が、大きな作業用のロボットによって、壊されていた。辺りには同じようなコンクリートの塊が多数存在する。無論、どれも機能はしていない。
二十世紀に温暖化現象が問題になっていたそうだが、二十一世紀が終わる頃には、地球上で暮らせるような状態ではなかった。赤道直下での温度は常に六十度。北極点、南極点でも四十度を越す温度を記録していた。高温によって溶け出した、北極、南極の氷は、大量の水となって地球上を覆い、二十世紀に栄えた都市をすべて飲み込んだ。が、人類は二十一世紀半ばから、居住地を地下や、標高の高い場所へと移し、人類絶滅の危機から逃れた。しかし、そんな場所にも限界があり、人類は新たな拠点に向けて準備を始めた。
そして、二十二世紀を迎えた今、人類は「地球地下」「火星」に住むようになり、近年新たに、木星の衛星「ガニメデ」「エウロパ」への移住計画が進んでいた。
ガニメデの開発に携っている「アンダーグラウンドエイジア」では、科学者、技術者たちが、次の飛行の準備をしていた。ガニメデの人工大気圏は完成しており、これからは滞在テストなどが繰り返される。
翌々日に控えたガニメデへの飛行は、新人六人で行うことになっていた。初飛行となる六人は、綿密なスケジュールのもと、飛行テストや体調管理を行っていた。その中の女性二人がオレンジ色の恒温服に身を包み、灼熱の地上で散歩していた。恒温服は、五十度を超える太陽光を浴びても身体の表面温度を二十五度に保つアンダーグラウンドエイジアで開発された地上用の服である。
「この服ね、髪の毛がペシャってなるから、ヤなの!」
小さいほうの女性が頭を覆っている透明な部分をコツコツと叩く。
「仕方ないじゃない。それ取ったら、髪がペシャってなるどころか、燃えてなくなるよ」
「頭の部分には、涼しい風が流れるように作ってくれればいいのに」
「ウサが開発すればいいじゃん?女性にウケるよ、きっと」
ウサと呼ばれた小さな女性は、頬を思いっきり膨らまして足を踏み鳴らした。四、五歳の子供がやるような仕草である。
「やだもん! ウサはコンピュータしか扱えないもん。あ、開発室にお友達のおじさんがいるから、お願いしてみようかな。ヒロミは、これから何処行く? ウサは開発室に行って来る!」
「いいよ。行っておいで。私は、一回部屋に戻ってから食堂に行くよ」
ウサはひらひらと手を振って、アンダーグラウンドエイジアのメインビルに走って行った。
「あれで、二十四歳だもんね。世も末だよ、ホント」
ヒロミのつぶやきは、もちろんウサには届かなかった。
メインビルに入ったウサは、突然腕を引っ張られて受付の方に引き寄せられた。
「なにっ! なにっ?」
「僕だよ僕! シゲだよ。静かにして。なんかね、ロビーのソファーの方で不審な話し声がするからさ。クボがソファで寝てるんだよね。大丈夫かな?」
「じゃ、助けに行かなきゃ!」
ウサはシゲの手を振り解いて、ソファの方に走っていった。
「クボ! クボクボ! 大丈夫―?」
クボに近づいたウサは、肩を掴んで揺すって起こした。
「え、何? あ…ウサ? うん、何?」
首をしきりに掻きながら、クボは立ち上がった。
「シゲがね、ここで変な声聞いたって。大丈夫だった?」
口をパクパク動かしながら、三十センチも大きなクボを見上げて、ウサが心配そうに眉を寄せている。
「ねえ? 大丈夫?」
「え? あ、うん…。 シゲもいるの?」
少し汗を滲ませて辺りを見回した。手は首の後ろを押さえたままである。視線を受付に動かした時に、パーティションの後ろからシゲが顔を出した。
「今、言い争うような声がしたんだが──」
クボとシゲが辺りを見回しても、辺りには三人以外にはいなかった。
「変だね。クボ独り言言ってたの?」
ウサは、手首にある黄色いボタンを押した。音も無く、頭を覆っていた透明のカバーが襟元に格納される。そして、ソファに座りながら言った。
「なんか気持ち悪いなぁ。クボ、何も見なかったの?」
クボが煙草を胸ポケットから出しながら、また首を掻いた。
「虫にでも刺されたのか?」
シゲがその様子を見ながら聞いた。
「いや、ちょっと痒いだけ。膨れてないし」
「何かに感染でもしたら、出発できないからな。お前じゃなくて、補欠クルーが一緒なんて御免だから」
「ああ、注意するよ」
「あー!」
その時、ウサが突然大きな声を出して立ち上がった。
「忘れてた」
ウサが身軽に、ジャンプしてソファの後ろに着地すると、北棟に向かって走り出した。
「ウサ、どうした?」
クボが大声で聞いた。しかし、ウサは振り返りもせず、足を止めることもない。
「開発室に行くの!」
その後のウサの声は、ロビーまで届かなかった。




