いつつめ 見上げる空の色は同じ。
お題:みたらし団子
醤油が手に入るなんて、思っても見なかったなぁ。魚醤はお茶しに来てくれる人達から聞いて、あるのは知ってたんだけど、穀醤まであるだなんてある意味僥倖だよね。これで卵ご飯が出来る。
食欲が無い時はさらさらーっと食べられるし、おじやにしてもいいんだよ。
ティナが帰ってきたら、早速ふたりでお昼ご飯にしてみよう。
お米の管理もちゃんとがんばらないとね。
ぶつぶつと独り言を幸せそうな笑顔で口にしていたミドリはきりっと、表情を整える。
そうして手に入れたもち米と醤油をしっかりと保存容器に入れ、二度目に作る"みたらし団子"はティナが帰ってくるまで我慢すると心に再度、決心する。
とろりと流れる甘醤油のたれと、きめ細かくついたもち米の団子の相性は何度食べても飽きが来ない絶品だ。
出来るならば夏より冬、ほくほくと温めたのが好みなんだよね。
ミドリは汗を腕で拭いながら、青を見上げた。
入道雲が激し過ぎる太陽の恵みを受け、覆い茂る緑に負けないほど大きく育っている。
夏の風物詩ともいえるミンミンジーの大合唱が今年も繰り広げられていた。激戦区かと思われるほど、今年の勢いは激しい。
ティナが旅立ってから3カ月が経過していた。
行きの行程で30日、3ヶ月間滞在し、再び1カ月かけて村まで戻ってくる予定だと聞いている。時折届く手紙には意味不明な言葉が多く、ミドリは頭から煙を立ち昇らせながら解読していた。普段使っている文字は市井にも扱いやすいように崩された形式なのだが、城で働くのであれば、姫君から茶会で出して欲しい菓子の注文も来るだろうと言う事で、本式を習ったのだそうだ。
ティナは物覚えが良い。
魔力も人間としては高いと聞いていた。
ちゃんと施設が整った場所で訓練すれば、相当な使い手にもなれる、かもしれない。
という評価らしい。
彼女の両親は元々旅をしていたと、ティナから聞いていた。どういう経緯で村に住む事になったのかを、ティナママからざっくりとミドリが聞きだした事がある。
厳選した香草茶を用意し、カップケーキやクッキーも多種揃えて、もてなしながらだ。
女性から話を"聞かせて貰う"には、それ相当の貢物が必要である。
そうミドリはなぜか思ったのだ。
それは真理だろう。直観に従い、ティナの分とは別に、作り上げた。
本当にざっくりではあるが、パパとママは様々な国を共に旅をしていたのだそうだ。そしてこの国を通っている最中に、ティナが宿り腰を落ちつけた。
旅を続けても良かったんだけれど、パパがね。
だめだっ、もしお腹の子になにかあったらどうするんだ!
って取り乱してさ。
唇を弧にし、ママは懐かしそうに思い出していた。
「ティナが望むのなら、送り出してもいい、とは思ってる。今回みたいにね」
とは、ティナママの談だ。
素敵な両親だなぁ。
ミドリは思う。ティナやママと比べ、殆ど会わないパパではあったが、どこかしら親近感を覚えていた。
「そうだ、忘れてた」
ミドリは首に掛けていた鎖を外し、その空と同じ色の石を握りしめる。
それは対になっている石だった。
赤と青、引き合うように共鳴するのだとドワルガの職人から教えて貰ったものだ。
魔力の素質を強く持つ者同士が持てば、互いの声をどんなに離れていても伝えあえる、らしい。
ティナが出掛ける日に間に合うよう、ミドリはドワルガの職人たちへインゴットを送り、そわそわと待った。
初めてミドリからお守りではあるが、プレゼントを貰ったティナは満面の笑みを浮かべて受け取った。効力を作り手から聞き、おおー、と感嘆の声をあげていたのがつい最近の事のようだ。
どうやら。
ミドリには普通以下しか魔力が無いらしく、相手が無事にいることだけ、しか分からない。だがそれで充分だった。
王都という場所は、人間が多く集って暮らしている城塞都市なのだという。
何世代前かは争いが耐えず、国家間の衝突も激しかったらしいが、今の時代はきな臭い火種はあるものの、先代よりかは落ちついている、との風評だ。
鼓動が聞こえた。
規則的に脈打つ心の音に、ミドリは閉じていた目を開く。
ティナは請われて王都へ出かけていった。
なんでも以前、べっこうをビンごと譲った老人の娘さんがどうしても、これを作った人に会ってお礼をしたいのだと言ったらしい。
王都から使者がわざわざやって来たのは、なんでも、王の側室として召されている人物らしく、ここには出向けないから、なのだそうだ。
ミドリは、最初止めた。
なぜか嫌な予感がしたのだ。
この森に暮らし始め、ティナと出会い、穏やかな日々だったからだろうか。
ひどくなにかが警鐘を鳴らした。
手放してはいけない。
だがティナは娘さんに会いに行きたいと願った。
望むなら、暫く城に滞在し、お菓子の勉強をするのはどうかという提案に、乗ったのだ。
ミドリと過ごした日々の分、ティナは師のミドリに次いで、お菓子作りの名人となっていた。基本のレシピを覚えれば、自分が食べてみたいと思う好奇心に従って、アレンジを加える。失敗する事も多々あったが、食べ物は残さない、が信念らしく、必ず胃に全てを収めていた。
幼子から少女へ、そして女性への階段を登ろうとする年頃になっても、ティナはミドリの元へと通い続けた。
そして近隣ではちょっと有名な、菓子職人、と言われているのだという。
「さて、と」
そろそろボクも晩ご飯を食べようかな。
ミドリは椅子から立ち上がり、台所へと向かう。
ティナが来なくなってから甘味系をとんと作らなくなっていた。
元々がティナのおやつに、と作り始めたものだ。
作る相手がいなければ、おのずと回数も減る。
村人との交流は、ティナが王都へ行ってしまった為、プツンと切れてしまっていた。
狩人も腰を痛めたとかで、ひとつ前の季節から姿を見てはいない。
ひきこもりではないが、森をぐるりと囲むようにして存在する透明の壁が、ミドリの行く手を阻むのだから仕方が無い。
村人がミドリの家に来れない理由は、なかった。
何もしていなかったからだ。
だが来れない、という。ならば他の要因があって、そうなのだろう。
森の中央に座す、"お姉さん"に聞いても知らぬ存ぜぬと言う。
だがしかし。
ここまで強固に、突っぱねられると言う事は、なにかを知っているのだろう。とは想像出来た。
秘密にされすぎちゃうと、ボクだって知りたくなっちゃうんだけどな。
ミドリは自家栽培し始めた野菜を齧り、バターをたっぷりひいて焼いた、フレンチトーストをぱくつきながら、ひとりごちた。