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ほのか  作者: 環 円
candy store
7/19

みっつめ 小麦はある意味中毒です。

お題:クッキー


 収穫された麦がひかれ、粉となる。

 それをこねて発酵させ、森で採れた木の実や干した果物を加えてから炎を内包する焚き木と炭に囲まれた場所へと招待する。

 そしてゆっくりと焼き上げれば、ふんわりとした、もしくはさっくりとした様々が出来上がった。

 そういえば聞いた話なんだけれど、煙突から立ち上った香りが森の木々の間を流れ、街道を通る人々の鼻を刺激し楽しませているらしいね。

 

 森の家では破壊と設置が一段落し、煙突からゆらりと煙が立ち上っている。

 どうしても"ピザ"が食べたくなったんだよね。マッカトとチーズをたっぷり載せて焼くマルゲリータ。紫カカッポをペースト状にしたものをパイ生地の上に乗せて、これにもチーズを適量載せて焼く。カカッポに塩をひとつまみ入れるのがポイント。自然の甘さが引き立つんだ。

 思い描くだけで口元が緩んで来ちゃうよ。

 なので、壁の一部を撃ち抜いてもらって、釜を置いたんだよね。

  

 鉱石を加工するのが上手なドワルガの職人さんに頼んで、鉄板も作って貰ったし、パン焼き用に深い型も加工して頂いた。代金はインゴット。持ち込んで貰った原石を加工するんだ。不純物を取り除いて、純粋な金属に、ね。

 

 ふふふ。

 どうして小麦ってこんなに美味しいんだろう。

 だけど作り過ぎはいけないよね。


 ティナが暮らしている村の人に一斤づつ、渡しても余るくらい作っちゃったんだ。

 ボクひとりで食べられる量も限られてるし、おおぐら…大目に食べるティナも、さすがに限度っていうものがある。限度を設けた。

 最終的にどうなったのかと言えば、大樹の向こう側にあるエルフナ族の若い衆に引き取ってもらったんだ。エルフナっていうのは、森の人、とも呼ばれている風と大地にえんが深い一族なんだって。彼らからは定期的にはちみつとか、向こう側にしか無い、香草樹とか木の実とかを分けて貰ってたから、丁度その時にね。

 その時は掃けて良かった、くらいにしか思ってなかったんだ。


 基本、ボクが何かを作る時は材料を持ち込んで貰っている。

 外に買いつけに行ってもらう時は多少の金銭が必要になるんだけど、そこはそこ、なぜか中央のお姉さんからお小遣いが貰え…というか金貨ってやっぱり銀貨1000枚とかそういう価値なのかな。

 外に出ないから全然そこら辺が、わからないんだけどね。小人達の方が最近詳しくて、ボクも教えて貰ってるんだ。

 

 最近焼くのが多いのが、パン類、かな。

 エルフナの村で、ロールパンが流行ってるみたいなんだ。

 数か月に一度、お姉さんの向こう側から放牧してるミル牛や木の実、麦や大麦を荷車に満載してやってきてくれるんだ。そうなれば数日間はティナのおやつ作りが出来なくなってしまう。

 焼き立てのパンにジャムを塗ってつまんでは、嬉しそうに食べてるからいいような気もするんだけど、そう言う時は手間無く作れるクッキーを焼くんだ。

 

 「ねえミドリ。この黒いのはなに?」

 「これはね、ココの実って言うんだよ」


 テーブルの上に置かれていた、初めて見る実にティナが興味を示す。

 好奇心強いんだよね。

 ボクも人の事、言えないんだけど。とてもいい事だと思うんだ。

 けれど、頭でっかちとはいえ、いろんな事を知ってるんだよね、ボク。えっへん。

 でもこの森で目を覚ます前の事を覚えてないんだ。

 俗にこれを記憶喪失、というらしい。

 最近空が高くて、気持ちのいい風が吹くもんだから、お昼寝がそのまま夜寝になっちゃうんだよね。余りにもティナが遅いっていうんで、ママがお迎えにいらしたんだ。その時に、聞いた。


 そう言えばティナがメモを持って来てたよね。

 なんだろう。

 なになに、パンが一斤欲しい。

 了解です。味の指定がないから、ドワルガのお姉さんがくれた、イチジクを使おう。

  

 「ティナ、その状態で齧っても美味しくないと思うんだけど…どう?」

 「…苦い、舌がしばしばする」

 多少手間がかかるけれど、この実を炒って砕いて搾って最終的に出来るのが、チョコレート、なんだよね。固形で売ってたら楽なんだけどなぁ。固形で売ってるの、かな。あれ。

 愚痴っても仕方が無いから、量を集めて、粉にする方が簡単かな。

 飲み物として、だったら楽なんだけどなぁ。

 その内にもっと美味しく食べられる方法を思いだすとは思うんだけど、こればっかりは突然だから仕方が無い。

 

 「ねえミドリ。わたしもミルク食べたい、な」

 口直しだね。

 「いいよ。そこの瓶に入ってるはずだから…」

 と、透明のそれに入っているのは、木の実で色付けしたべっこうばかりだった。

 あちゃぁ、ボクが食べたので最後だったんだ。

 「今度エルフの里からミル牛が来た時に、多めに作るから」

 ごめんね。

 

 むう。

 ボクがそう言うとティナは頬を膨らませた。

 「ティナ、気にしないのに」

 

 なにが気にならないんだろう。

 首が自然に傾げた。だって本当に分からなかったんだもん。

 そうするとティナはむんずとボクの頬を両手で挟み、唇を重ねてきた。

 

 突然で、余りで、ボクは混乱した!

 だって、だってティナの柔らかな唇が!

 

 「うふ。おいしい」

 

 ……ふえ?

 ボクはほろりとこぼれた涙をそのままに、満面の笑みになったティナを見る。

 「ミルク、貰っちゃった」

 小さな唇を割って、ちらりと見えた舌の上に乗っていたのは、最後のミルクキャンディだった。

 

 口移し。

 ってことは、紛れもなく、でぃーぷきす、だよね。

 か、顔が熱い。あ、目が回る。

 最近ティナが積極的すぎて、ボクってば大変なんだ。どうにかなっちゃうかもしれない。押し倒しちゃっいそうにもなる。

 けど、だめ、絶対にだめ。ティナパパが泣く。

 もういいかな、妥協しても。頑張ってるよね、ボク。

 …流されちゃだめだ!待つって決めたじゃないか!

 あと数年、頑張れボク、耐えろ、ボク。


 きっとティナは知らないんだろうな。ボクの心の中で、天使と悪魔が領土争いを繰り広げているなんてさ。



 その頃、村では小さな喧騒が起きていた。

 半年に渡り、お断りし続けていた事柄に対し、王都から書状が届いたのだ。

 それは村長に手渡され、目を通した長がため息交じりに両名を呼び出す。

 村長は男を門の前で出迎えた。

 隠さず書状を男に見せ、今回はこの地域を治める領主から一任を受けた人物では無く、王都から使者が直接やって来たのだと小さな声で告げた。


 「これ以上の拒否は、出来ぬやもしれん」

 「内容は、"本当"なのでしょうか」

 「わからぬ」

 確かに見所はあるのだろう。この両親あってこの子が生まれるのは当然の結果であるといえたからだ。


 しかし。


 「まだ…」

 年齢的な制限では取り繕えない。それは男も重々承知していた。

 「…返答は3日後までに、と」

 それまで使者は村長の家に滞在するという。

 握りしめた男の手は震えていた。



 空が茜に染まるころ、ティナは家を出る時に持って出た籠を手に、家路を急いでいた。

 森の出口まではミドリが付き添ってくれていたが、街道を渡り村まで少し距離がある。

 焼き上がりほのかに香るパンの良い香に、自然と笑みが浮かんだ。

 「がまん、我慢なんだから」

 そうつぶやきながら大好物へ視線が向いている。

 釜に入れる際、ティナが大好きな干しブドウを入れたクッキーもミドリは焼いたのだ。


 出来上がりを籠に入れ、粗熱をとる際、いつもティナは味見をする。冷たくなった物も好きだが、焼きたては特に好きだった。

 誰も取らないからゆっくり食べるんだよ。

 そうミドリは言うが、時間の経過とともに柔らかさが固さに変わってゆく。

 今食べずにいつ食べるのかと、ティナは口に頬ばれるだけ突っ込んだ。その様はリスの頬袋のようだと、ミドリから楽しそうに突かれたのが少々、気に入らなかったが。

 「わたしもミドリみたいに」

 ティナは森を振りかえる。

 大好きだった。出会った時からその思いは変わってはいない。

 ずっとそばに居たいと思っていた。

 母が父と仲睦まじく、いちゃいちゃとしているのを見ると、ミドリの腕に飛び込みたくなる。喧嘩の際は倉庫にしまってある大きな剣が出てくるのだが、追いかけられる父はなんだか楽しそうだった。

 わたしもミドリと追いかけっこしたいなぁ。


 一緒に入れてあるクッキーは家に着いてから食べるんだよ。

 ちゃーんとパンをママに渡した後の、お駄賃なんだからね。

 あとこれは。

 パパさんの夜の晩酌にでもどうぞ、って渡してくれるかな。

 

 そう言っていた細長く、塩気の効いたサクッと食べられる棒状のモノを一本取り出し、ティナはぱくっと口に含む。

 「これは食べちゃだめって言われてないもーん」

 

 夜、父は泣いた。

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