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ほのか  作者: 環 円
candy store
12/19

ななつめ ピリオドの先に。(最終話)

お題:ケーキ(種類問わず)


 季節がめぐり、年を重ねる。

 ミドリはティナを伴侶とした。

 パパは娘に、いつでも戻ってきていいのだと何度も繰り返し、ママは娘を宜しくお願いします、とミドリに頭を下げた。

 ふたりの薬指には永久を誓ったリングが嵌められ、小さな赤と青の輝きが添えられている。


 夫婦となってもミドリとティナは、それぞれミドリとティナ、だった。

 笑いあいながら、喧嘩し合いながら森で暮らし、幸せを作りだしてゆく。


 「ふふーん。ボクなんかふわっふわのスポンジ作るんだもんね」

 「じゃあティナはしっとりを作るね」


 シフォンとカステラ風味の二種類を、材料の味見をしながら、作りあげてゆく。

 型に流すまでは共同作業だが、釜に入れるのはミドリの役目だった。

 「ダメ。ティナは釜の前に来ちゃダメ」

 そうミドリが拒否するのだ。

 やけどでもしたら大変だと、それはもう必死にミドリはティナを説得した。

 絶対にしない、とは言い切れず、ティナはころりとミドリに丸めこまれて今に至る。その代り、飲むお茶っぱの選択権を見事勝ち取っていた。

 蒸したりそのまま天日で乾燥させたり、炒ったり、たった一つの生茶葉からいろいろな味が出来ると知り、興味を持ったティナははまってしまった。

 一般的には香草を煮出して飲む。お茶というものは金持ちの道楽とされていたのだが、いつの間にか緑の芝生には、低木が列をなして植えられていた。そして摘んでは思考錯誤し、今や棚には定番の3種類の茶が常備されている。

 「今日は緑茶の気分」

 ティナはポットに茶葉を入れ、お湯を注ぎ、トレイに乗せて外へ出る。

 見上げれば瞳と同じ色の空が広がり、細い雲が高く伸びていた。


 スカートを折り、芝へと座る。

 家を見れば、細い煙が立ち上っていた。ほのかな甘い香りに、口元へ自然と笑みが浮かぶ。

 「ティナ、どこ」

 「こっちよ、こっち、ミドリ」

 大きく手を振り、存在のありかを示す。

 そしてその視線が自分に向いている間に、


 ぽんぽん。


 ティナは緑の芝生の上に伸ばした、その膝を軽く叩きながら手のひらで呼ぶ。

 木々の葉から落ちてきた光がゆらゆらと、風の動きに誘われるまま音をたてた。

 まるで囁かれる言葉をかき消すかのようだ。

 「呼ばれたら、行かなくちゃね」

 折角膝枕をしてくれるというのだから、男なら行かねばなるまい。

 

 ころりと膝に頭を乗せ、ミドリは目を閉じる。


 「……。いい匂い。眠っちゃいそうだよ」

 いくら食べても体型を変化させない、可愛いブラックホールの腰を、膝枕をして貰いながらうつ伏せ気味になりつつ抱きしめる。

 「ケーキ、焦げちゃうよ?」

 

 ん。

 ティナ、焦げるのはスポンジであって、ケーキじゃないからね。

 「最終的にはケーキになるだもの。変わらないと思う」

 それにしっとりはちみつケーキが見るも無残な真っ黒になるのは悲しいわ。

 む。

 それは由々しき事態、ティナを悲しませない為に、ボク走るから。

 「嗅覚には自信があるんだよね。焦げそうになったら…」

 瞼を閉じたミドリのつぶやきに、お願いね、とティナが笑む。

 

 先日、折角いっぱいジャムを作ったのだ。生クリームをいっぱいのせたスポンジに、とろりとかけて食べれば美味しいだろう。想像するまでも無く、事実だ。

 実際に甘さを控えめにしたジャムは、各方面から注文を受けている。

 一番の納入先は、ティナの実家だ。森の壁は変わらず強固なままで、もっぱら配達はティナのお仕事となっている。


 取り尽くされなきゃいいんだけどなぁ。

 と、ミドリは膝を撫でながら思う。

 村では幾つかのカップルが生まれ、結婚式を予定されていた。その際に、ジャムをふんだんに使ったケーキを頼まれている。

 ティナとの結婚式には人差し指のリングと純白のドレスは外せない。とのこだわりを血と涙を結晶化し、凝結させた結果、村ではふたりの婚姻を機に誓いの儀式の際、白のドレスとリングを用意する追随者が出ていた。

 

 そう、今回も、例にもれず、に。


 原料となる木の実を濫獲を気にするが、必要の無い心配だった。

 森の賢者と言われる中央の大樹が、適度に、採取者を間引くだろう。もし無理を押して採る者が出たならば、手痛いお仕置きが待ち構えているに違いない。

 

 「龍さん起きないね」

 「白銀はそのまま眠らせておけばいいんだよ」

 むしろ起きてくるなと言いたい。根掘り葉掘りティナとの日々を聞くのだ。横で聞かされる身になって見るが良い。どれだけ恥ずかしいか、ねえ、分かってるの白銀。そう何度叫びたくなったか。

 夢を見て、まどろむのが趣味なんだから。と、ミドリは無難に、ティナに言う。

 「本当の体は王都なのでしょう?」

 「ていうかね。あのお城の礎が、白銀なんだ」

 背中に町が乗っている。その表現はあながち、間違いではない。

 寝返りを打ったその日はもう、あの周囲がゆらゆらと揺れ動くだろう。

 遠く離れたここにも、その振動が伝わってくるだろな、と想像出来た。

 「だから余り楽しい事を教えると、大変な事になっちゃうからね」

 ティナは人差し指を指に当て、

 「じゃあこっそりお話しなきゃね」

 ひそひそと耳に唇を近づけ、内緒話する。


 「これくらいは大丈夫だよ」

 それに白銀も、ボクとティナの邪魔をしたいわけじゃないだろうし、ね。

 ミドリはティナの唇を軽くついばみ笑みを浮かべた。


 そういえばそろそろ、エルフナの里から荷車を引いた一団が到着する頃合いかと、ミドリが溜息と共に言葉を吐き出す。嫌では無い。大好きと言ってもいい。友人達が遊びに来てくれるのは、とても嬉しいからだ。

 「また忙しくなるわね」

 「それは別にいいんだけどね」

 ほら覚えてるかな。ドワルガの細工職人さん。東の国で、お嫁さんゲットしてきたらしくて。

 「まあ。是非ご一緒したいかも」

 麩菓子ふがしなるものの名前が出た途端、ティナが満面の笑顔を浮かべる。

 一緒に来るらしい。

 

 想像する材料は小麦粉と黒砂糖。ふんわりと焼きあげるために必要な道具は。

 ミドリはどんなものであるのかをだいたい想像しながら、ティナの体へ耳を澄ませた。


 「そろそろ宿ったかな」

 「どうかしら。子供はコウノトリが運んでくる、のでしょう?」


 聞いた事の無い鳥の名は、新たな命を運んでくると言う。

 両親は気長に待てばその内にやってくるとも言っていた。

 「こういう事は、焦るとヘケヘケモルモノに笑われるらしいわよ」

 ところでその、ヘケヘケモルモノってなあに、ミドリ。


 首を傾げるティナに、さあなんだろうね。

 苦笑しながらミドリは立ち上がる。ヘケヘケモルモノとは一体どんな形をしているのか、想像もつかない。

 「いい感じに焼き上がってる。お客さんも来たみたいだし、お茶にしようか」


 ときどきやってくるのだ。そろそろ友人と呼んでも構わないだろう人物、が。

 最初は森に入る事さえ叶わなかった。それはまるで、ミドリの再来だといえる。

 内側からカエレロのように潰れたのがミドリであれば、外側からカエレロのように潰れたのが彼、だった。

 しかし最近はコツを覚え、普通に障壁を越えられるようになってきている。

 そうなっていた理由は簡単だ。

 森を覆う障壁にはたった一つの役割しか与えられていない。

 求めるものに壁となれ。

 接待したのは中心に座す賢樹だ。それがかつて交わした約束だった。


 「約束の岩塩、持って来たぞ。魔王、居るんだろ、出て来い、そんで受け取れ!」

 次は何処だっ!

 「こんにちは、いらっしゃい、勇者さん」

 ティナはその人物の名を親しげに呼ぶ。

 「甘醤油の、おかき。改良品出来てるよ」

 「そうか。ティナ嬢、ありがたい」


 世界では魔王の出現と同時に、7つの力が安定を保てず歪み、魔獣が生まれると言われていた。そしてそれを調和するため、勇者の力も共に現れる、という。

 人間という種族が勝手に解釈した考え方により、今までは勇者と魔王が対決しなければならなかった存在同士であったが、今回ばかりはそれが避けられた。

 

 それはなぜか。


 隠しても利益が無いと、黙ったままでは虚構がさらに上塗りされるからと、ミドリが全部、語ったのだ。

 「ボクという存在が現れると、なぜ瘴気が急に広がるのだと思う?」

 そういう仕組みがあるんだよ。


 勇者とその一行は、庶民の服を着、人と変わらぬ感情を素直に吐露した魔王に驚いた。

 しかもティナは勇者の一行である誰かが、魔法を展開しようとするならば、龍を呼び出し、青の賢者仕込みの禁呪すら発動させて全面抵抗する気満々だったのだ。


 魔王も、勇者も世界にとっては欠片だった。

 不必要な物では無く、あってしかるべきピースだった。

 確かに魔、は存在している。

 世界には魔に侵された獣が徘徊し、それにより命を落とす人々もまた居るのは確かだ。

 だが魔は、不穏な噂がたつ場所により多く、出現していた。

 

 「確かにそれはボクの仕業だね」

 なんとか森に入り、魔王に対面した勇者は聞いた。剣を抜き、仲間と共に魔王を囲む。

 かつてのミドリは様々だ。意識がある時もあれば、獣であったり、邪悪の権化のような姿をしていた時もある。きっと”今回”は運が良かったのだろう。全てそれに尽きた。


 今から考えてもよいシステムを構築したものだと自分に感服する。

 人の感情を得て、花開く魔の花を作ったのだ。

 肥やしになるのは負、尽きる事の無い良肥といえるだろう。

 魔王の不在時でも、花は咲く。そして種を広げる。

 そして魔王が生まれたその瞬間から、闇が噴き出す仕組みとなっていた。

 自分が死ねば、瘴気が噴き出すのは確かに止まる。だがまた魔王が生まれれば、悪意を喰らい闇は広がった。

 根本的な解決方法はたったひとつ、"回収"だ。

 

 「ボク自身、この森から出る事が出来ないんだ。今世の勇者さん。ボクの代わりに世界を回ってきてくれないかな」

 かつて世界中にばらまいてしまった、種を回収してきてよ。

 放つ事も、含む事も同意だと、静かに笑む。

 

 「その代わりと云っちゃなんだけど、報酬はボクが作るお菓子、美味しいよ。食べたい物のリクエストも受け付けちゃう!」

 この中央に居る、お姉さんに相談すれば、力を貸して貰えると思うし、もしエルフナやドワルガの助力が居るなら手紙を出すけれど。

 お願いできないかな。


 勇者は魔王の提案に頷き、そうして今に至る。

 「お疲れ様。すごい量だね」

 ミドリは両手にふわふわとしっとりのケーキを持ち、小人達がテーブルと、テーブルクロス、椅子をレンガの家の中から運び出している。

 そよ風が慎重に、かき混ぜたホイップをよろよろと運べば、緑の葉を頭に乗せた木の幼生が皿やフォーク、ナイフを打ち合わせながら踊っていた。

 「連れ達が森で迷ってるみたいなんだ。他の材料も持って来てる。迎えをやってくれないか」

 「ん。じゃあ風の子達、よろしくね」

 ティナの呼びかけにふわりひらりと風の精霊が森へと入って行く。これでその内、勇者の仲間達もここに来る事が出来るだろう。


 それはさておき、オレ様のおかきは何処だ。ざらめが好きだ。醤油も捨てがたい、海苔もあるんだろ。

 そう尋ねてくる勇者に、「大丈夫。いっぱい作っておいたよ。柿ピーっていう新作もあるんだけど」

 ミドリが自信げに胸を張れば、家の中に岩塩を運び込んでいたティナがちらりとそれを見せる。

 「すっごくこれも美味しいよ」

 ティナはビナー嫌いだけど、勇者さんならきっとぷはーって言えると思うな。


 楽しげな声が緑の空間に響く。

 そうして物語は、始まり、終わり、を繰り返し、つづくのだ。

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