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ほのか  作者: 環 円
candy store
11/19

むっつめ 努力は報われる。

お題:チョコレート


 「っ、出来たあ!」

 

 ボクは余りの嬉しさに、両手を握りしめる。

 色は白濁してしまったけれど、これはもう、見覚えのあるチョコレートの塊に他ならない。零れた欠片を口に含めば、ほろ苦さと甘さがほどけた。

 真っ黒しか出来なかったんだけど、そこはそれ。

 再度溶かす時に牛乳を足して、ティナ用に水あめを加えればいい。


 完成した。

 やっと完成した。

 聞いてよ!みんなのぽっこりお腹がへっこむよ!

 お疲れ様でした!


 緑の芝の上で、お腹を膨らませた小人達が、ようやく終わったかと脱力して転がっている中を、ミドリは満面の笑顔で駆けた。エフェクトを付けられるのであれば、ピンクの花畑がグッドチョイスだろう。使った材料は述べ、いっぱい。膨れた小人達もいっぱい。得たもの、プライスレス。

 

 ミドリは鼻唄を歌いながら、冷暗庫にチョコレートの半分をしまう。

 昨日届いた手紙には、あと15日程で乗合馬車に乗るという旨が書かれてあった。

 帰ってきたらいちゃいちゃしよう、計画を丹念に練る。

 ティナが出掛ける際、約束した幾つかを、ミドリはきちんと守っていた。

 ちゃんとご飯を食べる事。

 ちゃんとお風呂に入る事。

 ちゃんと眠る事。

 美味しい新作が出来たら、ティナの分を残しておく事。


 4つ目のせいで、冷暗庫が凄まじく窮屈になっているが、帰ってくれば一日で隙間ができるだろう。それまでの我慢だ。


 まずは抱きしめて。

 いっぱいキスをして。

 耳を噛んで。

 

 忘れてはいけないのが、膝枕だ。

 耳かきもして貰おう。


 香草茶を用意し、木陰でゆったりと過ごすのだ。

 その際に大好物も用意しておけば、ティナはきっと喜ぶ。

 王都で珍しいお菓子も見つけたと書かれていた。

 背も少し伸びたと言う。

 台所にふたりで立ち、それを作ってもよいかも知れない。


 小麦粉をこね、バターと交互に何十も重ね、クロワッサンを作る。

 そこにチョコレートの棒を挟み込んでみた。

 あと、さっくりとした噛みごたえを求めて、薄く伸ばした生地も用意した。これはクラッカーを目指す。美味くいけば、余り甘いものが得意では無い来訪者にも食べて貰える一品になるはずだ。

 そして残った余りで、昼御飯を作る。

 

 

 全てを釜に入れ終わり、ほっと椅子に座った時、異変が起こった。

 首に吊るしてあった、お守りが弾けたのだ。

 それは対である石が、ティナの元から失われた事、を意味する。


 ミドリは深呼吸した。

 慌て、意味無く叫んでも虚しく響くだけだ。

 自分はこの森から出る事が叶わない。

 落ちつくために、ミドリはボウルにチョコレートの余りを入れ、生クリームと牛乳を足しかき混ぜ始める。


 壁は森全体に張り巡らされていた。

 出ようとするミドリを阻む。

 ならば折り紙のように、エルフナが使う転移魔法によって、こことティナを結べばどうだろうか。

 ミドリは魔力を殆ど持ってはいない。

 だがその方法はなぜだか、上手くいきそうな気がした。


 瞬間、風景が変わる。

 そして何もかも、思い出した。

 どうして中央の賢樹が必死だったのか。壁の理由も全て、だ。

 「ああ。ここは」

 ミドリは周囲を見回した。



 「ボクの大切なティナを泣かせたのはキミ達だね」

 突如現れたのは、青年だった。

 緑の髪と赤の目に息を飲む。

 

 手には木のボウルに泡だて用の器具、可愛らしいチェックのフリルが縁を飾るエプロンを掛けている。

 姿が問題なのではない。誰かがその赤の瞳に声を引きつらせた。

 この王国では知らぬものはひとりも居なかった。かつてこの国を中心に、隣接する国々を巻き込んで破壊の限りをつくした災厄、を形容する特徴そのものだったからだ。


 鎧に身を固めた騎士が剣を抜き、守るべき主君の前に立つ。

 だが青年の視線はたったひとりに絞られていた。

 引きつっていた眼光が解け、途端に目尻が下がる。

 それと同時にまとっていた黒の恐怖もどこかに消え失せていた。


 「あれ。ミドリだ。どうしたの。どうしてここにいるの?」

 ティナは顔を輝かせて黒い何かを漂わせる大好きに向かって飛び付いた。着ていただろうドレスは破け原形を留めてはおらず、どこを通ったのか、体中が埃にまみれている。

 「よかったぁ。ここね、すごく広いの。面倒になってきちゃって、道を作ろうと思ってたのよ」

 その言葉に誰もがきょとん、とした。

 ”魔力の使い方を学んだ”、”人並み以上の魔力を持つ彼女が”、道を作る。

 

 「お父さんが、もし閉じ込められそうになったら叫びなさいって」


 前半ならまだしも、後半の意図が分かった者はその謁見の間にはひとりも居なかった。

 小さな時から教わり、決して口外してはいけないよ。

 する時は、どうしてもなにかをしたくて、どこかに閉じ込められた時。

 それが王都ならすぐ、この村では無い、とは思うけれど離れるとその分、ちょっと時間がかかっちゃうね。


 ティナは大声で。

 たった一言の"それ"を叫んだ。


 突然の声に一同は一瞬びくりとする。

 そして何事も変化が訪れないのを鼻にかけて、誰かが笑った。

 嘲笑した人物は魔力を持たぬ、者だったようだ。

 王をはじめ、不可思議の力に敏感な者達は鳥肌をたてる。


 この王都には龍が眠っていた。

 それは揶揄ではなく、言葉のまま真実だ。

 ほんの数十年前、伝説はただの伝説であると証明しようとしたとある魔法士が、王都の至る所に、それこそ無造作に配置されている龍の紋印を傷つけた。


 誰もがおとぎ話で知っている。

 遊び歌でも、龍の印を傷つければ怒った守り主に食べられる、そう歌われていた。

 魔法師はなにも、単独で行動したのではない。

 国の保護財として指定されているそれらに、修繕という目的で手を掛ける事を許した人物がいた。


 前王だ。


 伝説は、真実だった。

 怒りのまま暴走する龍に、印を傷つけた人間は一息で跡型も無く、消されたと言う。

 人々は嘆き悲しみ、事の発端となった誰かを知る事無く、手の届く範囲内に入る、他人に怒りをぶつけた。

 それを収めたのは、後に色の称号を受ける事になる人物達だった。青の森に在る賢樹や虹湖の老亀人、白の剣に住まう賢狼の加護を受けた者達が、龍を鎮め、都と人を救った。彼らは英雄として未だ、根強い人気を誇っている。

 その時に、彼らは龍とひとつずつ、契りを交わした。

 

 かつてを知る者達は戦慄した。

 あの時と同じ龍の首がもたげる。

 実体では無く、透き通った精神体ではあるものの、その威は忘れようもない。


 『契りに連なる娘よ。お前の望みを言うがよい』

 

 龍がティナを見る。

 「大きくてよくわかりません。誰かとお話する時は、視線を合わせるのだと教えて貰わなかったのかしら」

 小さく首を傾げる少女に、龍は笑いかける。

 ミドリが側に居るだけで、安心して話する事が出来た。ひとりであれば、心臓が破裂しそうになりながら、必死で冷静であろうとしていたに違いない。

 『よかろう』

 龍は大きさを整え、ティナの前に現れる。だが次に放たれた言葉の先は、少女では無くその傍らにある青年だった。


 『久しいな、今世こんせいの名はなんとなった』


 「秘密だよ。それよりも、白銀の。まだ生きてたの」

 しれっとミドリは笑む。

 どこか置いて行かれそうな気がして、ティナはミドリの腕をぐいっとひっぱり、頬を膨らませた。そして。

 「わたしはティナ、あなたはミドリを知ってるの?」

 秘密はもののの数秒で暴露され、ミドリは予想の範囲内と笑みが崩さない。

 『無論だ。ほう、お前が枷か』

 十分と強力だな。

 くつくつと笑う白銀の牙が、剥かれる。

 「触れないでよ、白銀。キミでも怒るよ、ボク」


 随分と人間にとっては恐ろしい話を、世間話のように交わす龍と青年に、周囲は唖然としていた。

 『心地良い。古き友に免じ、我は許そう』

 龍は姿を消す。


 全てが溶けてしまう前に、城の地下にある石像をひとつ森に移動するように、龍は言った。

 『あれらには我の鱗が含有されておる。呼べ、友よ。ゆるりと語ろうぞ』

 そして龍は、小娘、とティナを呼び、

 『そこもとが危害を加えたならば呼べ。都ごと、喰ろうてやる』

 


 「で、ティナ。どうしたい?」

 温和にほほ笑むミドリの意図が分からず、ティナは手を繋いだまま首を傾げる。

 「いろいろ思い出しちゃったんだ」

 「いろいろ、ってなあに?」

 「いろいろは、いろいろかな」


 見上げてくる青にミドリは口元を指で掻く。

 どう説明してよいか、迷う所ではある。

 なぜなら木のボールの中には、とろりと溶けたチョコレートが入ったまま抱えていた。

 チョコレートクラッカーを作ろうと思っていたのだ。

 試作品が幾つも、釜の中では香ばしく焼き上がっている頃だろう。

 焦げて炭になるのだけは、避けたい。なぜならミートパイにも挑戦してもいたからだ。

 

 「ねえ、それはなあに」

 「ああ、これはチョコレートだよ」

 ココの実から作ったんだ。

 「じゃあ早く帰ろう、早く食べたい!」

 瞳を輝かせて、ティナが嬉しそうに唇を弧にする。

 「でもね。ティナ、閉じ込められてたんじゃなかったっけ」

 そうだった。

 思い出したようにティナは目を丸くする。

 だがここに残りたいとは微塵も思えなかった。

 帰ってもよいかと王さまに尋ねても返答が戻ってこない。それどころか、段下に立っていた男が、王に向かって発言するとは不届き者め、と言い放った。

 

 いらいら。

 どきどき。

 そわそわ。


 その場にある感情はみっつのうちどれかだ。

 ティナはにんまりと笑む。

 「良い事思い付いちゃった。ここは石の固さに囲まれてるから、だからみんないらいらするんだよ」

 ぜーんぶ、甘いお菓子にしちゃえば、みんな幸せになるんじゃないかな。

 ねえミドリ、出来る?

 そう赤を見上げる青は、楽しげな光をたたえていた。


 そうして王は我を取り戻した後、その場で膝を折った。

 臣下の非礼は謝罪する。そしてお主が帰りたい場所に戻るのも引き留めはしない。

 碧と桜の、一人娘には今後一切手を出す事は、無いと誓う。

 大人しくその魔王を連れて、森に、帰還願えないか。

 「そしてどうかそれ以上、城を砂糖菓子に変えさせないでくれ」

 龍の脅威とはまた色の違う、幼いが故の残酷さに泣いた。

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