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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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6

一華の気迫に、泣いていた園児は涙が止まった。

自分がしでかした事が、実は途轍もなく「悪い」事だったのかも知れないと、思い始めていた。


園児には一華が、大人である保育士を、捩じ伏せた様に見えたのだ。


睨みつける彼女と、動揺で手が震えている保育士。

唖然としているもう一人の保育士。


強いはずの大人二人が、一華に言い返せず、不安げにしている。

周りの子供達も、硬直したまま突っ立っていた。


「ごめんなさい」


一人が一華へ謝った。

悪い事をしたかも知れないと言う思いから、親に怒られる事を恐怖したのだ。


親の存在は、子供なら誰だって怖い。


日頃優しくても、怒られるのは嫌なのだ。

怖くない者が居たとしたら、猫可愛がりされて叱られた事の無い子供か、ネグレクトを受けている放置子だろう。


この園に通う子供達の家庭は、「悪い事をしたら怒る」が普通の家庭が多かった。

「常識」から外れると「世間体」が悪い。


この街の住人達は、大人社会で世間体が悪くなるのを、異様に避ける傾向があった。

だからこそ、子供達への躾は厳しい。


保育士も例に漏れず、保護者の悪口を言っていたと知れたら何を言われるか、分かったものでは無い。


それでも表向き穏やかな大人達は皆、所詮は裏で言い合っている事は気付いているし、子供には悪口を言うな、と言いつつ噂話も悪口も、大好きだ。


そんな大人達の矛盾を子供は見ているものだ。

そして真似をする。


しかし、子供を盲目的に「純粋」と信じる大人達は、成長するにつれ歪んだ人間性が周知の事実でも、子供にバレる事を殊更警戒していた。


それが大人の分別…弁える事だと、隠し通せも出来ない癖に…バレていないと思っている愚かな大人達。


廊下に響く声で会話を繰り広げていたにも関わらず、保育士達も…子供達にはバレたく無かった。


陰口の相手が例え「要注意人物」でも、子供に聞かせてはいけない。

そう気を付けていたはずだった。


なのに、聞かれていた。

事もあろうか、当事者の子供に。


しかも、それを「告げ口」すると、皆の前で宣言している。

この瞬間、室内の空気が変わった。


二の句が継げられず、言葉を失った大人。

そうさせた子供。


絶対悪から「悪い大人」に立ち向かう一華。

その姿はまるでヒーローの様で…。


「ごめんなさい」

「わたしもごめんなさい」


保育士と抱えられた園児の側に居た子供達が、二人から離れ一華へ駆け寄る。


唖然とした保育士二人と腕の中の園児以外、全てが彼女の周りに集まった時、子供達の視線が三人に集中した。


ドン


腕の中に居た園児が保育士の胸を付き、離れた。


「ごめん」


悪者の手の内から、逃げ出して来たかの風体で、一華に謝った。

そもそもの始まりは、己自身なのをもう忘れたかの様な振る舞いだった。


いや、もうすっかり、頭から消え去っているのだろう。

その園児だけでなく、一華以外の園児達の頭の中からも。


一華は「何か」が分かった気がした。


いつも怯えて居た自分だったが、今は怯える必要が無い。

自分の優位性が、目に見えている。

しかも、大人相手に。


「せんせーは?」


気弱な表情が顔から消えた。

前屈みだった姿勢も、胸を張り、真っ直ぐに立つ。

そして、目を細めた。


「ねぇ、せんせーは?」


保育士達も謝れ、と言う意味だろう。

悪口を言っていた保育士はもちろん、子供達を止められなかった保育士も。


静まり返った部屋に、一華の声だけが聞こえる。

一華だけが口を開く事を許されているかの様に、皆硬直し謝罪を待つ。


「…ごめん…なさい…」


若い保育士の震える声がした。

大人からの完全勝利。

にっこりと一華は微笑んだ。


勝てないはすの大人に…勝てた。

子供でも、勝てた。


喜びと自信で、沸々と体が熱くなっていく。

視線の先のへたり込んだ保育士を見て、母親がもたつく一華を見てイライラする気持ちが分かった気がした。


『グズを見てるとイライラする』


そうか、これが「グズ」。


歪んだ全能感と間違った認識が彼女の中に広がり、興奮と優越感を以て、一華の怖いモノが一つ消えた。

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