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オムツを整えられた男が、今度は幼女の様なフリルの着いた服を着せられ、髪…薄っすらだが残っている髪を梳かれる。
長い後ろ髪の付いたヘッドドレスが着けられ、赤と白のフリルとリボンが、ゴテゴテしく老人の様な顔を飾る。
男性が女装をする事等、滅多になく、居れば奇怪な人間として後ろ指を差される世間だ。
ある種の妖怪の様に、亜妃の目には映る。
これを見続けるのは、正直キツイ。
後藤に目配せをしようとしたが、後藤は婦人の目配せに反応した。
そして、立ち上がると壁のスイッチを上げた。
足元の小さなスピーカーから、向こうの部屋の声が流れ出す。
ガタンッ
大きな音がした。
一瞬亜妃はこちらのドアが開いたのだと錯覚を起こし、ビクッとしたが、開いたのはガラスの向こうの部屋だった。
屈強な男が数人、目出し帽を被って部屋に入って来た。
強盗の様に手にはナイフを持っている。
「助けなきゃ!」
亜妃が立ち上がる。
「no…nonono…」
婦人が笑顔で首を振り、椅子を指さし「sit down」と言う。
「お座りください」
後藤が無表情のまま、椅子をずらす。
亜妃はそのまま腰を下ろした。
「yes」
笑う婦人に、奇妙さを感じながら、ハラハラと目の前の出来事を見る。
スピーカーから流れる英語と、強盗らしき者と男性の攻防にいつの間にか、婦人のシャッターを切る手も止まっていた。
薄暗い中、ガラス越しに明るい部屋を見ているのも相まって、事の成り行きを亜妃は映画の様に鑑賞していた。
男性が組み敷かれ、ナイフを首元に当てられる。
横に引けば画面は一面赤く変わり、苦悶の表情をした男が映し出されるだろう。
本当の映画ならば、それが臨場感と没入感をくれる。
しかし、これは現実だった。
ナイフは横に引かれる事は無く、血も噴出さない。
代わりに男は微々たる抵抗だけを繰り返す。
二人がかりで押さえ付けられた男の目の前には、フリルの付いたドレスを着た老人が、両手首を持たれ空中でバタバタと藻掻いていた。
あぁ持たれたら、暴れちゃいけないって…お爺様が言ってたな。
何んと無しにこれが茶番なのだと理解し始めた亜妃は、悠衣の方のお爺様が言っていた事を思い出す。
お爺様は軽く護身術教えてくれた。亜妃にとって老師だ。
肩が外れたら痛いのに…。
呑気に頬杖を突き始める。
座っている椅子の肘置きが、丁度良い高さだった。
少し体勢を崩し、眺める。
これは、どんなストーリーなんだろ。
英語が分かればこの茶番も、少しは楽しめたのかも知れない…ポップコーンがあれば。
そんな気の抜けた事も思い始める。
ポクッ
そんな音が聞こえた気がした。
宙吊りになっている男の腕が、片方外れた様に見えた。
うわ。痛そう。
亜妃にはもう映画の世界だ。
観賞中に顔を顰める様に、表情が出ている。
肩が外れた男は流石に痛いのか、顔を顰めたが、相手は容赦しない。
乱暴に備え付けのソファに彼を投げると、衣服を引き剥がし始めた。
中身は老人に見える男だと言うのに、女を襲うかのように組み敷き、脱がす。
露わになったオムツが、何となく痛々しい。
スピーカーからは「no!」と叫ぶ声がした。
組み敷かれ動けぬ二人の、どこか悲痛ではない声。
大根役者だ。
白々しい抵抗が終わると、細く皺の寄った足と尻がむき出しになった。
一人が抜けた方とは逆の腕を、ソファの背もたれ越しに握り固定する。
成人男性とは思えない細い腰を、後ろから目出し帽の男が掴んだ。
ソイツのズボンのチャックが下ろされると、ぴったりとくっ付け腰を振る。
叫び声が一際大きくスピーカーから流れた。
有無を言わさず、腰を振り続ける男と絶叫する破れた布を纏う男は、かなり気持ちが悪かった。
こんな映画、絶対見ようと思わない。
スピーカーから流れる絶叫が本物に変わっていても、亜妃にはもう現実で起こっている物と言う認識が無くなっていた。
隣の婦人の手には、また簡易カメラが握られ、ネガ巻く音とカチッと言う音が何度も聞こえた。
ソファの男が姿勢を変える度、叫ぶ声も小さくなっていく。
女と男が抱き合う様に動き、悶える。
錯誤的な媾いがより一層、興奮を高めるのだろう、乱暴に扱われているはずの老人の様な男が、陶酔の笑みを浮かべながら微かに声をあげ、ひくひくと動くと目出し帽の男が離れた。
内太ももに、白い液体が流れていた。
ブツっとスピーカーが切れる音がした。
「end」
婦人がそう言うと、ガラスにカーテンが下りる。
本当に残念な映画の様な終わり方だった。
「ふふふ」
手を口に当てて婦人が笑う。
「気持ち悪いでしょ?」
そう言って声をあげて笑った。
まだ、胸糞悪い映画を見た気分の亜妃は、笑えるような心境では無いが、終わったのだと腰を上げる。
目の前の婦人はこれで金になるのだろう。と、それに付き合っただけの価値は自分には無いが、それも自分の役目だとため息が出る。
どんな人間も結局は。
失意に満ちた重苦しさが、肩に乗る。
楽し気な婦人をその場に残して、移動しようとしたが、婦人は後藤を呼び止めた。
「彼に…渡しておいて」
簡易カメラが婦人から渡される。
気が付くと使用済みの物は全て、後藤の手の中にあった。
「茶番でしょ。醜悪な劇…」
婦人から笑顔が消えた。
「he is husband」
婦人の発した単語の意味を、亜妃は頭の中で探す。
「my…」
そう呟くと、婦人は高らかに笑い自室を目指し歩いて行った。




