20
次の部屋では上品そうな貴婦人が、待ち構えていた。
「あぁ、来てくれたのね」
そう奥から声がかかり女中に通され、中に入る。
煌めく宝石がセットされた指輪が、両手にびっしりと嵌められ、肩からは重そうな三連になったダイヤのネックレスが掛けられていた。
煌びやかな貴婦人。
第一印象はそんな感じだった。
「失礼します」
後藤が手早くワイン瓶とグラスを置く。
先程とは打って変わって、上品なルームサービスにしか見えなかった。
しかし、亜妃は何か始まるのかと挙動不審になる。
「どうしたの?」
婦人は亜妃に声をかけた。
「先程の部屋で…」と後藤は説明をする。
「そう、色狂いの坊やの部屋ね」
ふふふ、と先程の部屋で何が行われているのか分かった様に微笑む。
仮面をつけていたのは最初だけで、今は半数以上が取っていた。
お互い顔見知りだったり、知られた所でどうでも良かったりするのだろう。
「困った物よね」
婦人がワイングラスを傾けると、グラスに少し赤黒いとろみのある液体が注がれた。
「気分が良くなるか分からないけれど…」と、一杯飲むと立ち上がり、外へ出る。
付いて来る様に手招きをする姿は、艶めいた美しさがあった。
誘われるままフラフラと、一室に入る。
そこは薄暗く、人が一人か二人しか入れない幅しかなかった。
ガラス張りの向こうにも部屋があり、ドアは通じていない。
「貴女にも面白いと良いんだけど」
ふふふ、とまた笑う。
ガラスの向こうの部屋は、他の部屋同様、質の良い調度品が揃えられていたが、他とは違い『日常』に近い風貌をしていた。
良い暮らしをしている家庭の、リビングに似た家庭的な雰囲気がそこには有った。
後藤が婦人に椅子を勧め、座るのを確認すると亜妃の分の椅子も用意した。
当然後藤は座らず、婦人と亜妃の間に屈んだ。
「hey」
婦人が指さす方のドアが開いた。
ガラスを隔てた向こうの部屋に、赤子を抱いた男性が入って来た。
亜妃はその男性に見覚えがあった。
テレビで見た事のある、他国の要人。
政治家だったはずだと、顔をよく見ようとする。
が、ガラス越しでも凝視すると、相手に失礼じゃないか?と考え、目が合う事を恐れたが一向に目は合わない。
寧ろ目の前の男性は、こちらの存在が無い様に振舞っている。
「ここのガラスはマジックミラーよ」
亜妃の耳はマジックミラーと言う単語を拾う。
「マジックミラー?」
「はい、こちらからは見えますが、あちらからは鏡です」
だからか。
男性のこちらに気付いていない自然な仕草に納得がいく。
そして、ガラス越しに見る動物園の展示を思い出した。
この人の…赤ちゃんをあやしているのの、何が面白いのか。
隣に座るにんまりと口角を上げたまま、彼を眺める婦人を横目で見た。
「Look」
婦人が男の持つ赤子を指さす。
言われるままに見ると…男が抱き、あやしているのは赤子では無かった。
「何…あれ」
「人です」
後藤は分かり切っている事を言う。
「あれって…」
赤子用の産着にはサイズが大きすぎた。
しかも、ソレに包まれている者の顔は、歳老いた老人の顔にみえる。
小柄過ぎるが、成人男性。
「大人の男性ですね」
日本語の男性と言う単語に、婦人は笑って「yes」と答えた。
「でも彼、まだ若いのよ」と夫人が言う。
病気で見た目は「あんなの」だけど。と。
婦人はどこからかカメラを持ち出し、シャッターを切る。
「後で彼らに見せるのよ。これが…これになるの」
自身の身に着けているジュエリーを持ち上げて見せた。
なるほど。
亜妃は驚きもしたが、感心した。
痴態とも言える扮装で、あやす男とあやされる男。
弱みとして、十分強請る種になり得る。
「あぁ、始まったわ…見て」
婦人の指が忙しなく動いた、シャッターを切り続ける手が止まらない様だ。
「Look!Look!」
目の前でオムツ替えが始まった。
成人男性が、赤子の服に身を包んだ成人男性のオムツを外し始めている。
粗相した下半身を、白い紙で拭き、茶色く汚れたそれを、袋に入れていく。
恍惚の表情をした赤子は、親指をしゃぶっていた。
驚愕のシーンを、声をあげて笑いながら婦人はまだまだシャッターを切った。
巻く音が止まると、次を渡していたのは他ならぬ後藤だ。
簡易カメラはネガの交換は無く、持ち運びにも便利だった。
が、どこに仕舞っていたのかと思う程、持っていた。
何個目のカメラだろうと思いながら、オムツ替えが終わるのを待つ。
「さあ、もうすぐよ」
ワクワクの大イベントが始まる前の様に、婦人の目がキラキラと輝いた。




