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部屋に戻ると既に煌びやかな衣装と共に、女性のスタッフが中で待って居た。
「皓様は引き続き巡回をお願いします」
麗しく微笑む女性に、皓兄は苦渋の表情を浮かべたが「任せた」と告げて、部屋から出た。
着ていた男物のスーツを脱がされ、タオルをクルクルとはぎ取られ、親父臭い白のノースリーブの肌着も投げ捨てられた。
その代わりに日本の着物とは違う形ではあるが、豪華絢爛な衣装を次々と着せられ、頭も撫でつけられた上に網を被せられ、豪奢な髪飾りの着いた鬘を付けられる。
重くて動けない。
立ち上がる事も無理な気がする。
長い裾と袖を持ち上げ、亜妃はよろよろと立ち上がろうとした。
「お待ちください」
神輿の様な物が側に添えられた。
「どうぞ」
女性の手を掴み、ソレに乗る。
ふかふかとしたクッションの上に、袖が広げられ少し楽になった。
そのまま担がれ、部屋を移動する。
亜妃は鏡に映る自分が自分ではなく、映画に出て来た西太后の人形に見え、先程の男装とはまた違った、仮装。そう思えた。
「どこへ行くんですか?」
「皆様の待つ会場に行きます」
「…英語とか中国語とか、話せないですよ?」
私と言うべきか、俺と言うべきか、悩んだ亜妃は一人称を省略した。
「えぇ、知って居ますよ」
横に付いた女性は、さっき皓兄に携帯を渡した男と同じ格好をしている。
真っ黒のスーツ。
まるで、黒子みたい。
亜妃は演劇で、演者の介添えをする黒装束を思い出した。
「私達が通訳します。挨拶は…先生の音声が流れます」
「しぃえんしぁん?」
誰だそれ?
「皓様のお爺様です」
スピーカーを持ち、台の上で最初と最後に立ち上がり、軽くお辞儀。
亜妃はそれだけが役目だ、と言われる。
そのお辞儀が出来るのかどうか、不安でしかなかった。
「大丈夫です。支えますから」
にっこりと笑う女性に、本当に信じて良いのか、疑問を持つ。
が、拒否する事は出来ない。
「よろしくお願いします」
舞台に直結したドアから担がれたまま入ると、照明に照らされ少し目が眩んだ。
丸テーブルの周りに椅子が並び、客人達は席に着いていた。
皆、仮面で目元が隠れていて誰が誰だか分からない。
テーブルの上には色とりどりの花と料理が置かれ、カトラリーが星々の様に光っていた。
大お爺様の誕生日の会を、亜妃は思い出すが、大お爺様の心境と自分の心境は全然違うだろうなと思う。
音声が始まる前に、立ち上がり頭を軽く下げた。
ぎこちない会釈だが、会場からは拍手が起こる。
好奇に満ちた目が、仮面の下から亜妃を見ていた。
音声の内容は挨拶に始まり、客を讃え、船旅を楽しむ様に促す言葉が綴られる。
そして、最後に。と、自分の音声を届けている少女に言及された。
「大老板的愛玩」
その言葉が流れた時、支えていた彼女の手が震えたのを感じた。
騒めきの中、ブツッと音が切れ、亜妃はお辞儀をし、神輿に乗って退場した。
行きとは違い、神輿の担ぐ者の手が震え余計に揺れて、亜妃は怖かった。
部屋に戻ると、青い顔をした彼女に、着替えを手伝って貰う。
男装の方が…落ち着くなぁ。
身軽になった亜妃は、皓兄が戻るのを待つ。
なかなか戻ってこない彼が、あの会場に居たのだろうか?と女性に声をかけた。
「皓は、まだですか?あの会場にまだ…」
先程とは違い、女性は平伏していた。
「何を…?」
「お前が敬語で話すからだ」
ぎょっとしていると、部屋のドアの前から皓兄が声をかけた。
「わた…俺が?」
一人称が迷う。
「あぁ…」
皓兄は椅子に座ると彼女に下がって良いと合図する。
何も言わず、頭を下げたまま後ずさりで下がる彼女の仕草が、何とも言えなかった。
皓兄は何も言わない。
座って頭を抱えている。
「俺、何か…間違えた?」
「いや、お前の所為じゃない」
「じゃあ何が…」
二人きりの部屋で、重い空気が流れた。
皓兄からすれば、大お爺様の『亜妃』として知られたのが、幸か不幸か分からない。
男装か女装か、どちらが亜妃を守れるのか。
分からなくなってしまっていた。
「ジジイが…」
悪態を吐き始める。
誰かに聞かれたら、折檻は免れない。
「あの一回で…あの化粧だ。同一人物とは思われないだろう…」
それに。と亜妃を見る。
「どちらにしても…危険な事は変わりない…か。…とにかく気を付けろ」
その言葉とは裏腹に、船内は優雅な時間が流れていた。
宴会場ではオーケストラが演奏し、ディーバが歌う。
軽やかな踊り子達は、薄く美しい布を纏い、優雅に舞った。
止めどなく出される酒や料理に舌鼓を打ち、海に沈む太陽の美しさを語り合う。
グラスを傾け、男は女装し女はそれを笑う。
そして眠りにつく。
最初は贅の限りを貪っていた。
軽いお笑いの…仮装やお遊び。
それに飽きた頃、船内は次第に狂乱の宴を催す。




