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実際の所、皓兄は不安だった。
亜妃の年齢が、思っていたより幼く、見目すらも…標的にされる…絶好の獲物でしかなかったからだ。
それも客達が喜ぶ『大好物』の。
この船は祖父の主催する『遊び場』だ。
どこの国でも違法とされる事が、当たり前のように行われる。
海に浮かぶ、楽園。
楽園…。客にとっては…。
大お爺様に亜妃がここに居るとバレたら、お爺様はどうするのか。と、考えた事もあった。
亜妃に所作や言葉遣い、一人称の変更を指導している時にもそう思った。
しかし…、目の前に居る子供は見目が似ていても、一族とは違い血も国籍も違う。
大お爺様は自国第一主義だ。
それ以上に一族への…縁故主義の考えが強い。
激怒するのか見放すのか。出方が分からなかった。
皓兄は賭けられなかった。
目の前の子供と自分と一族と…色々な物が絡み合う中で、最も危険な事と安全な事の判断がつかない。
俺が…守り切れば。…何もかも。そう、腹をくくる。
「皓…」
「不安そうな顔をするな。無表情を保て…何を見ても…な」
目の前に居る亜妃を、守らなければ…何かあれば、最悪…自分は死ぬかも知れない。
大お爺様がどうであれ、お爺様は都合が悪くなれば切るだろう。
孫でもなんでも。
皓兄にとって不本意ながら、自身の命が懸けられた二か月が始まる。
その二か月は亜妃にとっても同じだった。
煌びやかな船内は、豪華客船で海を巡る、ただのクルージングの体を成していた。
少しばかりの客室を見るに、選び抜かれた少人数が客だった。
ただ、おかしな部屋がいくつもあった。
只々広い部屋の真ん中にベッドが一つ置かれている部屋。
タイル張りの部屋に、壁に鎖が並んでいる部屋。
客の人数に対して、多すぎる食堂の数。
客用のキッチンも多数。
全て不必要なほど広さが取られていた。
倉庫には酒や肉、魚や野菜が木箱に詰められて、所狭しと積み上げられていた。
全てが海上で飲み食いされ、補充に港に寄る事もあると説明を受ける。
亜妃の受けた最初の印象は、選ばれたセレブが送る船旅。そのものだった。
何が危険なのか、想像していたよりも全てが豪華でマトモ。
皓兄が警戒しているのは…酔っぱらった客の事か?
酔っぱらった大人は、子供にとって害だ。
暴力も性的な行為にも及ぶだろう。
それを懸念しているのだろうかと、亜妃は思い始める。
コックの雰囲気も悪くない。
客室乗務員の態度も、普通だ。
だが…。
「皓」
「なんだ?」
「珍しくここには黒人が多いんだな」
種族主義者は色のある人間を嫌う。
特に黒い人間を。
「客は…白人じゃないのか?」
「…白人だ。多くは、な」
「アジア人も?」
「そうだな。アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ…、ドバイや日本…まぁ、各国だ」
「どんな人が来るんだ?」
「金持ちさ」
ふーん。と亜妃は腑に落ちない気持ちで、辺りを見る。
客層がそれなら余計に『嫌がる』んじゃないかと思えた。
どれだけ差別を禁止しても、差別主義者は居る。
肌の色、目の色、髪の色。
国籍、血縁、過去の戦争。
そこから抜け出せないのは、大お爺様やお爺様だけではない。
それぞれの国の、大人も子供も抜け出せない。
いつまで経っても断罪、賠償、憎悪。
殺した人間が死んでも、殺された人間の、残された者達が双方刃を向け合う。
虐げられた者が虐げた者へ。
報復を受けた者が、報復した者へ。
亜妃は皓兄を見て、実兄を思い出す事もあった。
最初は優しい兄。慣れれば…自分を傷付ける。
でも、彼も誰かに傷付けられた。
傷付いた人間から、弱い方へ加害性は流される。
自分が力を持てば、負の連鎖の一部となるだろう。
だから、負の連鎖から抜け出せない人達に同調こそすれ、蔑む気にはならない。
そして今の所、皓兄にその兆候は無かったが、警戒する心は晴れていない。
「人間…同じようなモノ…か」
独り言を言う。
「あまり考えないが良い」
横に居る皓兄が、足を止め見下ろす。
「亜妃。お前も俺もあいつ等とは違う」
あいつ等とは、誰を差しているのか。
「…」
「亜妃、客が入って来る。その後、荷物が全て積み終わって…出発だ」
通路の窓の下を見ると、身なりの良さげな客人達が、高級車から降りて船に乗り込むのが見えた。
皆、運転手を車に残し、その身だけで軽い足取りでタラップを上がる。
ワクワクとした心情が、客人達の身振り手振りから見て取れた。
「楽しみ…なんだね」
「狂ってるからな」
間髪入れずに帰って来た皓兄の言葉に振り返ると、その姿の向こうに小さな子供が数人、歩いて行くのが見えた。
「何だ、俺以外にも子供いるんだ…」
「よく見ろ」
視線の先の子供達は、皆お揃いの服を着ていた。
白の様な黄ばんだ色の様な、春先の今の季節には少し寒そうな中途半端な丈の服。
袖から出ていた手首には、手枷が嵌められ鎖が垂れ下がっていた。
数人ずつの鎖をまとめた鍵が、嫌な音を立てながら床を這う。
「…どういう事?」
「商品だ」




