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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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14

「亜妃様」


後部座席でウトウトしていた亜希に、運転手の男が声をかけた。

夢見心地の体を起こし、窓から外を確かめると、停車した場所から少し歩いた先に大きな船が見えた。


「あれが大叔父様の船?」

「はい。着きました」

「そう…」


軽く伸びをしているとドアが開かれた。

ふぅっと息を吐く。

自然に分かれる前髪が風に揺れ、額が痒くなる。


旋毛がどうとか、ホクロがどうとか。笑えるな…。


旋毛が無くてもあの半年間、亜季と入れ替わりをしていた亜依は癖を作っていた。

『そう』見える様な癖…その所為でどちらかも分からない。


流れる記憶から頭を切り離す為、亜妃は頭を振った。


あの後、血液検査をすればどちらが死んだか簡単に分かるのに、しなかった。

検査なんぞの容易く、科学的な根拠。


皆が、目の前の死んだ人間が「どちらか」と、知る事から目を背けた結果だった。


己と同じ顔をした死体を見た彼女は、混乱を極め正常な意識は無かったし、残されたもう一人は次の日に聞かされても宮木家に残り、自分の役を全うした。


そして、一族の長い話し合いの末、大お爺様の『亜妃』とする事に議論が落ち着いた頃。

不意に戻って来た彼女の意識は、以前の亜季でも亜依でもなく、双方の記憶があると言う。


ー疑似記憶ー


それを、どちらかの記憶として固定する事もせず、一族の決定通り『亜妃』として扱う事に決めた。


自責の念に駆られる母親も、力関係の弱い父親も、片割れを失った彼女も。

全員、彼女が誰か。を、もう考えたくなかった。

疲れ切っていた。


明るく奔放な彼女が消えた家は、何とも暗く重い。

それを時折、彼女が蘇ったかの様な行動で亜妃が吹き飛ばす。


亜季が亜妃っであれば、大お爺様の恩恵が受けられる。

亜季が亜依であれば、軽やかな空気を連れてくる。

どちらでも良かった。


ただ、亜希を亜妃とするならば、亜妃を叔祖父の持つ船に乗せる事になる。

お母様の思いは次第に、優先するは『悠衣』になって行った。


抗えない一族からの重圧と、死んだのは亜依…であるならその引き金を引いた自分であると言う自責。

逆に死んだのが亜妃であれば、消える大お爺様からの恩恵。

複雑な利害関係や人間関係の中、確かなモノを選び取るのは人間として、親として当たり前だった。


「いい…もう…」


記憶が混じって辛いだけ。と、笑う目の前の女の子に、自分の娘かも知れない子に、不憫さや罪悪感を感じながらも、お母様はあれから半年後の今日、亜妃を送り出した。


当初の目的通り…自分の娘を…悠衣を、安全な宮木家へ逃がして…。


「ごめんなさい。亜…貴女を送らないと悠衣が…」


行く事になる。


「謝らないで。お母様」


大お婆様に似ているなら、酷い目に遭う事も無い…はず。


家を出る時の、涙を浮かべたお母様の顔が、まだ目の前にある様だった。

そして「大丈夫」と、自分に言い聞かせる。


「亜妃」


誰かがタラップから亜紀の方へ歩いて来る、長身の男。


「哥哥」


ハトコの皓兄だった。


「ここでは皓と」


亜妃の少し曲がったネクタイを直す。


「皓…」

「あぁ。ちゃんと変えて来たか?」

「多分、大丈夫。出る時も自然に言えたから…」

「そうか。…お前、相変わらず細いな。もう少し太れなかったのか?」

「無理だよ」


食物飽和なこのご時世にタンパク質不足で倒れるような人間だ。

カロリーが高い物を食べても、体重は大して増えなかった。


亜妃は肉が食えない。魚も、鶏肉も。

口に入れようとするだけで、嘔吐する。


「お前今年で幾つだ」

「九歳…今年十になる」

「…ふぅ…」


眉間に皺を寄せ、ため息を吐く皓の顔には苦渋の表情が浮かんでいた。


「後で腹にタオルを巻け。そして出来るだけ俺から離れるな」


頷く亜妃を連れて、タラップを上がっていく。

案内された部屋は、皓兄の部屋と繋がったコネクティングルームだった。


「ほら」


タオルを投げて寄越す。

ジャケットを脱ぎ、シャツを捲ると腹に巻いていく。

ぶ厚い腹巻だ。


「皓、これじゃズボンが閉まらない」

「横に調節があるだろ。金具。それを最大にして止めろ」


微々たる動きじゃないか。と、思いながら動かし止めると立ち上がった。


「どうだ?」

「…お前、少しは胸を潰せ。それじゃまだ女だ」

「胸を潰すって…」


盛大なため息と共に、皓兄は自分のトランクの一つを開けて何かを取り出した。


「これを下着の代わりに着ろ」


親父臭い白いノースリーブの肌着を渡された。

胸部部分が筋肉状に、少し厚めに誂えてある。


「皓…」

「俺のじゃないぞ」


見栄を張る為に?と言う間もなく、返事が返って来た。


「念の為、持って来たんだ」


すっかり普通体型の少年になった亜妃を見て、皓兄は頷く。


「それで良い」


このハトコは出会った頃から優しかった。

叔祖父側の人間にしては珍しく。


「いつも言っているが…ここでは女だと思わせるな。バレるな。だが、男だからと安全でもない。分かるな?こちらはホスト側だが…客には関係ない。部屋から出れば無法地帯だ」


真剣な眼差しで、亜妃を射る様に見る。


「俺やお前が、大お爺様の血縁だと分かる様にこれを付ける」


家紋の様な豪華な装飾がされたラペルピンを、フラワーホールに着けた。


「絶対に落とすな。外すな。着替えてもこれは絶対に」


皓兄は眉間に皺を寄せ、不穏な事を告げる。


「俺は大お爺様の為にお前を守る。が、お爺様はそうじゃない。だから、ここへお前を寄越す様に仕向けた。死にたくなかったら…死ぬ方がマシだと思える目に、遭いたくなかったら…絶対だ」


鬼気迫る皓兄の異様な雰囲気に、亜妃は気を引き締めた。


「…分かった」

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