13
「私は…亜妃に覚えて居て欲しい」
涙を亜依は自分で拭いた。
「一緒に居ても、亜妃が誰かと結婚したら、従兄弟と結婚したら…私から離れる」
そうだね。ずっと永遠に一緒は無理だね。
女同志で結婚は出来ない。
両性具有であっても…戸籍は『女』だ。
それに外見も。
「友達では…居られるよ?」
慰めにもならない言葉を、必死に出そうとする。
「嫌…なの。亜妃が誰かと結婚するのが…」
ひと時の、幼いながらの依存だろう。
そう、亜季を含め周りの大人達も思っていた。
亜依は従兄弟や親戚以外の、同じくらいの歳の男の子とはあまり関わらない。
昔、乱暴な子供が近くに来て、嫌な思いをしてから避けるのだ。
その所為もあって、中性的な亜希に惹かれたのだと。
いつかは、男の子に恋をして、亜希の事も気の迷いだったと笑えるだろう。
そう思って、軽く言ってしまった。
「じゃあ、代わりになっておくね」
そうすれば恋をしても、一族以外の人間を好きになっても、犠牲にならない様に…どうにか、確固たる影響力を持つね。と…。
「…亜妃は…分かってない…」
そう言うと、バルコニーの手摺に上り、外へ飛んだ。
亜希の目には、ふわりと広がる薄ピンクのワンピースと、亜依の体の影が映った。
自身とは違う体の線が。
女性としての成長が進んでいた亜依の体が。
オレンジ色の体のシルエットと成り、音もなく重力に従った。
二つの落下音がした後、誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
気が付くと、階段を一気に駆け下りていた。
バルコニーの横にあった非常階段。
追いかけて飛び降りる愚行はしない意識はあったものの、ほぼ落ちて行く様に階段を駆け下りる。
息が上がるのも、スリッパが脱げるのも気に留めず、一段飛ばし二段飛ばしと、飛び降りる。
踊り場でつんのめり、こけて膝を強打してもすぐさま立ち上がった。
上から彼女達を呼ぶ声がした。
「亜依!」と「亜妃!」と…。
頭の中は「どうしよう」が渦巻く。
何か間違った?
私の所為???
どうしよう。
「しっかりして!!」と叫べれたら良かった。
「救急車が来るから!」と言えば良かった。
なのに。
何も言わず、倒れた人間の横に立った。
「…あ… …」
掠れた声が聞こえた。
亜妃と言ったのか亜依と言ったのか。
どっちの声か分からない。
自分と同じ声だ。
「こ…れで…」
うつ伏せの体に顔が横に向き、割れた額から血と何かが出ていた。
「覚えて…」
血が咳き込みと共に口から吐き出され、地面に赤色が広がっていく。
服は夕日に染められた様に紅い。
その下から伸びている手は白く、見た事の無い方に曲がっていた。
「いら…れ…」
捲れたワンピースの裾から見える太ももから下は、上半身の向きとは逆の方向へ、駆け足をしている様な形で花壇の花を蹴散らしていた。
「る…」
聞かれたのか、言われたのか。分からない。
ただ、その後、目の前の自分と同じ顔の人間は動きもせず、沈黙した。
立ったまま、自分と同じ顔の死体を眺める彼女は、どっちなのか。
沈黙した彼女はどっちなのか。
その場に居た大人達も分からなかった。
片方が飛んだ瞬間、皆が目を瞑ってしまった。
目を開けた時、片方が尻もちをつき、もう片方は居なかった。
「亜依?…亜妃…?」
お母様の声だけが、空気に溶けた。
地面に付いている前髪は、血で濡れて旋毛の有無が分からない。
泣き腫らした顔で駆け付けた者をみる顔には、カピカピに渇いた涙の跡が幾重にも見て取れた。
そこに居た全ての者が、ハッキリとどちらが死んだのか決める事を拒んだ。
服だけでも違ったら、見分けられたのに。
その時着ていた服は、奇しくも双子が母親に強請った「三人一緒の服」だった。
地面に膝と両手を付いたお母様の慟哭と、間島の指示をする声と、それに応じる者達の喧騒を耳にしながら、立ち尽くした彼女はブツブツと言い続けていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
涙も浮かばない、渇いた瞳で横たわる自分を見る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
誰かが彼女を抱きしめたが、誰かも分からない。
ただ、ずっと謝り続けた。
「ごめんなさい…こんな…そんなつもりじゃなかったの…」
そう言うと、彼女は意識を手放したが…目覚めた時には、二人分の記憶が彼女の中に存在した。




