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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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「ありがとう…でも、私が役に立つなら、それで良いよ」


亜希は微笑んだ。


「私は…嫌よ」

「…お爺様の希望も、お母様の希望も、二人の希望だって叶えられるし」

「違うの!私は…最初は…、でもこんな事望んでなかった!」

「代わりを?」

「代わりにはなって欲しかった。…でも、違うの」


亜希は「自分は無価値」でどうでも良かった。

宮木家への期待も無く、執着も無い。


お母様の考えや叔祖父の手紙の内容も、分からなくても亜依か悠衣の身代わりをする事によって、お母様がどちらかを一族の犠牲にさせない為に動いているなら、どうでも良かった。


亜依は亜依で、亜希を雑に扱う母親と一族に酷く憎しみを覚えた。

そしてそれ以上に投げやりで、自分の想いが通じない亜希を恨んだ。


そんな二人が行ったり来たり、話は要点を得なかった。


「何で!何で分かってくれないの!!」


亜依が声を荒げた。

泣き続けた涙は枯れ、涙の線だけがカピカピに渇いている。

夜はもうすぐ太陽を隠す。


「お嬢様、落ち着いてください」


あまりの亜依の混乱ぶりに、駆け付けた家の者達の内、お手伝いの女性は声をかけ、誰かがお母様と間島を呼んだ。


「何事なの?」


お母様が顔を出す。

事情を説明したいが、亜希には出来ず、側に居たお手伝いが伝えた。


「もういいわ!」


叫んだ拍子に亜希を突き飛ばし、亜依はよろめきバルコニーの淵に寄り掛かった。


「私は!貴女が好きなの!」


亜希と対峙し、声の限りに叫ぶ。


「誰でもなく!貴女が!」


亜希は青ざめていた。


完璧な男ではなく、外見は女で…愛する事も…出来ないのに?


考えれば考える程、一華とのアレを思い出す。


無理だ…よ。

私に…は…応えられない。


「…私は…」


誰かを想う事が出来ない。


「早苗…」

「…え?」


聞き覚えのある名前が、亜依の口から零れた。


「水泳教室の…女の子。夏川早苗…」

「…なんで…その名前を?」


亜希は「ごめんなさいね。少し調べさせて貰ったの」と、以前言われたお母様の言葉を思い出した。


「そこまで…詳しくは調べてないんじゃ…」


亜希がお母様を見ると、目があった後、顔を背けられた。


「…調べたの…ね」


目を背け、顔を背けるその態度に、納得がいった。


「あの子は…好きだったの?」


亜依が尋ねる。


「ねぇ。初めての…彼女は…まだそこに居るの?」


亜希の胸を指さした。

だから、自分の想いは受け取れないのか?と、尋ねる様に。


「…最初から…居ない」


ぽそっと、答えた。


「そう、最初っから。告白されて女の子同士でも良いと言われて…付き合ったけど」


想いは無かった。


亜希には『恋愛感情』が分からない。

夏川早苗と付き合っても。

一緒に通った女の子が、男の子を好きだと知った時も、男の子が好きなのが自分だと知った時も。

どうしていいか分からない。


付き合っている。

その事で、教室外で会って遊んで、キスをして抱きしめて…。

それでも、流れに従うだけ。


女の子が告白し、男の子が断り、自分に告白した後で、二人が付き合っても。

二人から離れて、遠くからも見なくなるだけ。


高揚も傷心もない。

何も感じない。


「…」


太陽が、最後の一筋を残して沈む。

紅い光が一層濃い。


あぁ…何か。嫌だ。


亜希に沸き上がる嫌な予感。

早苗に泣きながら、別れを告げられた時の様な…張り詰めた空気が満ちていると感じた。


嫌な事を言われそうだ…。


あの時だけは、傷付いた。

それでも、回復したのは時間の成せる技か、双子との関りでか…ここの生活のおかげか。

今回は…それが無くなる気がした。


ここを失えば、私は…。


無くなった時の喪失感を思う。

が、すぐに胸の痛さや悲しみが消えていくのも感じた。


どこかで、自分は壊れたのだ。

いつか、辛かった事も無かった事の様に消える。

ここの事も…。


「もしも、もう…ここに来るなと言うなら…」


来ないよ。と、亜希は言った。

それが、亜依の望みなら…と。


「…それで…良いの?」


亜依はまた涙を浮かべる。


「自分の…亜妃は…どうしたいの?」

「私は…」


どうしたいか。

今まで通りが本当は良い。でも、嫌だと言われるなら…仕方ない。


「そうやって…諦められるモノなの?」


仕方ないと考えた事が筒抜けの様だった。


「私達は…私は…」


亜依の手が震えていた。


「そうやって、私達の事…私の事…忘れていくの?」


早苗の様に。と言われても、否定できなかった。

付き合った記憶は残ってはいたが、思い出す事が無かった。

亜依に名を言われる、今の今まで。


「…」


答えが返せず、亜希は俯いた。


どうして…こんな事になったんだろう。


白いフワフワのスリッパが、風にそよぎ赤に近いオレンジに染まっていた。

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