12
「ありがとう…でも、私が役に立つなら、それで良いよ」
亜希は微笑んだ。
「私は…嫌よ」
「…お爺様の希望も、お母様の希望も、二人の希望だって叶えられるし」
「違うの!私は…最初は…、でもこんな事望んでなかった!」
「代わりを?」
「代わりにはなって欲しかった。…でも、違うの」
亜希は「自分は無価値」でどうでも良かった。
宮木家への期待も無く、執着も無い。
お母様の考えや叔祖父の手紙の内容も、分からなくても亜依か悠衣の身代わりをする事によって、お母様がどちらかを一族の犠牲にさせない為に動いているなら、どうでも良かった。
亜依は亜依で、亜希を雑に扱う母親と一族に酷く憎しみを覚えた。
そしてそれ以上に投げやりで、自分の想いが通じない亜希を恨んだ。
そんな二人が行ったり来たり、話は要点を得なかった。
「何で!何で分かってくれないの!!」
亜依が声を荒げた。
泣き続けた涙は枯れ、涙の線だけがカピカピに渇いている。
夜はもうすぐ太陽を隠す。
「お嬢様、落ち着いてください」
あまりの亜依の混乱ぶりに、駆け付けた家の者達の内、お手伝いの女性は声をかけ、誰かがお母様と間島を呼んだ。
「何事なの?」
お母様が顔を出す。
事情を説明したいが、亜希には出来ず、側に居たお手伝いが伝えた。
「もういいわ!」
叫んだ拍子に亜希を突き飛ばし、亜依はよろめきバルコニーの淵に寄り掛かった。
「私は!貴女が好きなの!」
亜希と対峙し、声の限りに叫ぶ。
「誰でもなく!貴女が!」
亜希は青ざめていた。
完璧な男ではなく、外見は女で…愛する事も…出来ないのに?
考えれば考える程、一華とのアレを思い出す。
無理だ…よ。
私に…は…応えられない。
「…私は…」
誰かを想う事が出来ない。
「早苗…」
「…え?」
聞き覚えのある名前が、亜依の口から零れた。
「水泳教室の…女の子。夏川早苗…」
「…なんで…その名前を?」
亜希は「ごめんなさいね。少し調べさせて貰ったの」と、以前言われたお母様の言葉を思い出した。
「そこまで…詳しくは調べてないんじゃ…」
亜希がお母様を見ると、目があった後、顔を背けられた。
「…調べたの…ね」
目を背け、顔を背けるその態度に、納得がいった。
「あの子は…好きだったの?」
亜依が尋ねる。
「ねぇ。初めての…彼女は…まだそこに居るの?」
亜希の胸を指さした。
だから、自分の想いは受け取れないのか?と、尋ねる様に。
「…最初から…居ない」
ぽそっと、答えた。
「そう、最初っから。告白されて女の子同士でも良いと言われて…付き合ったけど」
想いは無かった。
亜希には『恋愛感情』が分からない。
夏川早苗と付き合っても。
一緒に通った女の子が、男の子を好きだと知った時も、男の子が好きなのが自分だと知った時も。
どうしていいか分からない。
付き合っている。
その事で、教室外で会って遊んで、キスをして抱きしめて…。
それでも、流れに従うだけ。
女の子が告白し、男の子が断り、自分に告白した後で、二人が付き合っても。
二人から離れて、遠くからも見なくなるだけ。
高揚も傷心もない。
何も感じない。
「…」
太陽が、最後の一筋を残して沈む。
紅い光が一層濃い。
あぁ…何か。嫌だ。
亜希に沸き上がる嫌な予感。
早苗に泣きながら、別れを告げられた時の様な…張り詰めた空気が満ちていると感じた。
嫌な事を言われそうだ…。
あの時だけは、傷付いた。
それでも、回復したのは時間の成せる技か、双子との関りでか…ここの生活のおかげか。
今回は…それが無くなる気がした。
ここを失えば、私は…。
無くなった時の喪失感を思う。
が、すぐに胸の痛さや悲しみが消えていくのも感じた。
どこかで、自分は壊れたのだ。
いつか、辛かった事も無かった事の様に消える。
ここの事も…。
「もしも、もう…ここに来るなと言うなら…」
来ないよ。と、亜希は言った。
それが、亜依の望みなら…と。
「…それで…良いの?」
亜依はまた涙を浮かべる。
「自分の…亜妃は…どうしたいの?」
「私は…」
どうしたいか。
今まで通りが本当は良い。でも、嫌だと言われるなら…仕方ない。
「そうやって…諦められるモノなの?」
仕方ないと考えた事が筒抜けの様だった。
「私達は…私は…」
亜依の手が震えていた。
「そうやって、私達の事…私の事…忘れていくの?」
早苗の様に。と言われても、否定できなかった。
付き合った記憶は残ってはいたが、思い出す事が無かった。
亜依に名を言われる、今の今まで。
「…」
答えが返せず、亜希は俯いた。
どうして…こんな事になったんだろう。
白いフワフワのスリッパが、風にそよぎ赤に近いオレンジに染まっていた。




