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大お爺様は亜希を亡くなった亜妃…自分の妻に重ねていた。
亜依達の曾祖母が亡くなってもう何十年にもなるが、亡くなった妻の面影を追い求めて居た。
「お爺様。お誕生日おめでとうございます」
お母様が進み出て、お祝いの言葉を言うが、大お爺様は亜希の顔を手の平で挟んだまま動かない。
「お会いさせたかったのは、その子です」
「この子…は…亜妃と…そっくりだ」
しかし、自分の妻がこんなに幼い訳がない。と、思い直した曾祖父は亜希の顔から手を離した。
「お婆様にあまりに似ていたので」と、言葉を続けるお母様の方を向き直ると、曾祖父は「どこで?」と聞いた。
間島が街で見つけたのだと伝えると、曾祖父は「間島に」と小切手を切った。
いくら書き込まれたのか分からなかったが、相当な額だったのだろう、お母様の横に居た叔父様が目を剥いた。
「お前には後で褒美をやる」
「いいえ、お爺様の誕生日ですもの」
首を横に振るお母様の顔を見た後、曾祖父は席に戻り正面を向いた。
亜希はその正面に、差し出される様に立たされた。
「亜妃…否…名前は何と言う?」
「…あきです。アジアの亜に…希望の希で…亜希です…」
名を呼ばれたと思って固まっていた亜希は、ゆっくりと緊張の中答えた。
「字は違うが…同じ名か…」
つうっと、曾祖父の目から涙が流れた。
幼い頃から繰り広げられる国内紛争。
貧しさと恐怖に震える中、曾祖父と曾祖母は支え合った幼馴染だった。
他国と戦争を始め、多くの国民が巻き込まれ死した時も、その後の世界を巻き込む悪夢の戦争でも、ずっと支え合って来たのだと言う。
降り注ぐ弾丸や、それに倒れる同胞達や友人。
多くの遺体の中で子を二人産み、物も病院も乏しいあの時代、産後の肥立ちの悪さからこの世を去った。
「だから…」と、曾祖父は言葉を続ける。
異様な空気が室内に充満していた。
皆が、曾祖父の話に聞き入り、語り部の遣る瀬無さや心痛に、同調し共鳴し増幅していた。
「助けてやれなかった私は…私が憎い」
ポロッと涙を流す大人達。
「助けてくれなかった人達が憎い。戦争をした世界が…憎い」
すすり泣く声が、曾祖父の声と共に響き始める。
「我が…子供達よ。金が無ければ生きてはいけない。物がなければ生きてはいけない」
ハンカチを握りしめ、曾祖父の方を全員が注目した。
「だから、お前達は何としても生きるのだ。一族に…繁栄を」
グラスを手に持ち、掲げると一気に飲んだ。
その後に続き、大人達も「一族に繁栄を!」と叫ぶ。
そして、手に持つグラスを傾け、大いに拍手をする。
この演説は毎年恒例の、『大お爺様』の言葉でもあった。
そして、その日、亜希は亜妃になり、曾祖父の横に席を置かれた。
帰り道、名残惜しいと言いながら別れる大お爺様は、か弱い老人に見えた。
亡き妻の面影を追う、ただの一途な男。
だが、その一面だけが曾祖父の顔ではない。
助けられなかった自分を憎み、他人を憎み、世界を憎む。
戦後の混乱を駆け上がり、財を成したその男は大国のマフィアに成長していた。
息子二人の内、兄は聡明に弟は傲慢に育ち、兄は日本と大国の貿易を、弟は家業と言える悪行に身を費やした。
日本に居たのが兄…お母様と叔父様の父であり、亜依達の祖父である。
弟の方と言えば、傲慢さと残虐さが合って居たのか、勢力を大幅に伸ばし、他国のマフィアにも顔が通じる様になった。
会場に居た親戚の父親であり、祖父だった。
兄側に『亜妃』が現れた事により、何か変わる事を恐れた親戚達も居たが、性格は違えど仲の良い兄弟は、利権や影響に対して「何もない」と口を揃えて言った。
ただ、古びたボロボロの一枚の写真でしか見た事の無い母を、兄は大事に思い、弟は霞にしか思えなかった事で、亜希への対応は分かれてしまった。
懐に入れて写真の歳になるまで大切にし、成長後に自分の孫のどちらかと子を成す事を望む兄。
逆に存在自体はどうでも良いが、利になる者なら使いたい弟…そう、弟にとって亜希は所詮『血の繋がらぬ似た者』なのだ。
憎むべき、一族以外の他人。
争いを好まない兄とは違って、野心家の弟はいつも亜希を何かに使えないか考えていた。
不安がる親戚達を納得させられる事、逆に利益になる事を。
その半年後、部下から入れ替わりの話を聞いた弟は、兄の娘へ手紙を送った。




