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宮本家に着いた亜希は、自分の考えの愚かさに打ちひしがれた。
…私、あほだ。
目の前の大きな門がゆっくりと開き、車がそこへ入っていく。
向かうのはその門の中に有る大きな家。
こんな所に住んでいる人間が、私みたいなのを誘拐なんて…しない。
車から降りると、広いエントランスに通された。
「お帰りなさいませ」
亜依よりかは幾分か、質素な服を着た女性が頭を下げた。
この人は…お手伝いさんと言う人なのだろうか。
亜希は家の大きさや広がる空間に、目を白黒させ、「質」と言うモノを初めて知った気がした。
二階から緩やかに曲がりながら下りている階段は、絵本や映画で見るお姫様が降りてくるそれにしか見えず、天井は亜希が何人肩車をしても届かない。
その上、目が眩む程キラキラしている照明が吊るされていた。
丁度、亜希が階段の上を見た時、二階から人が降りて来た。
亜依が着ている薄ピンクのワンピースよりも、やや装飾が少なめのブルーのワンピース。
「お帰りなさい、亜依」
目の前に立つ人物も、自分に…亜依にそっくりだった。
「初めまして、悠衣です」
身長も体型も、何もかもがそっくりな三人が、エントランスに集まった。
「三つ子…」
思わず声を漏らしたのは、お手伝いの女性だった。
「えぇ。本当にそうね。三つ子みたい」
嬉しそうに亜依が言う。
「服が違ったら…お母様達でも分からないかも…」
亜依より落ち着いた口調で話す悠衣。
どちらかと言うと、自分に近いのは悠衣の方だな。と、亜希は思う。
「会わせて見ましょ!」
良い考えだと言わんばかりに、亜依は亜希の手を引いて二階への階段を上がった。
戸惑いながらも付いて行く亜希は、自分の足音が絨毯に吸収されて聞こえない事に気が付いた。
絨毯…学校とかにしか敷かれない物だと…思ってた。
自分の家にはもちろん、友達の家にも無かった。
これあれば、あの人に怒られないんだろうなぁ…。
父親は少しでも足音がすると怒鳴る。
酷い時にはリビングに有る椅子を、投げつけて来た。
亜希は気を抜くと足音が出てしまうが、姉はもう忍者の様に足音が無い。
外で砂利の上なら居ると分かるが、平たんな道ではしない為、よく後ろに居る事に気付かず驚かされた。
ここなら…気にせず過ごせそう…。
絨毯を感じる足の感触に、靴のまま上がっている事に気が付いた。
「あ…靴…」
「大丈夫、二階から靴を脱ぐのよ」
後ろから悠衣が声をかけた。
その言葉通り、二階に着くと「普通」の家の様に上り框があった。
「さ、上がって」
二人は靴を脱ぎ、靴を揃えてから、横に有るスリッパを履いた。
亜希にそんな動作は出来なかった。
いつも、揃えるくらいはした。
脱ぐ時に…後ろを向いて脱ぐ…ただそれだけ。
散らかりはしないが、美しくもない動作。
どうしよう。見よう見まねで…した方が…いい?
「あぁ…靴なんて気にしないで。お客様なんだから」
「早く!早く!」
優し気に微笑む悠衣と、急かす亜依が左右から手を差し出す。
だが、お言葉に甘えて…とは、亜希はしなかった。
きちんと見様見真似ではあったが、双子に倣って揃えスリッパを履く。
それを見た双子の目が細くなる。
二人の思惑など知らない亜希は、その後も二人の後を付いて行った。
コンコンコン
重厚な扉の前で三人は立ち、悠衣がノックした。
中から返事が微かに聞こえた。
男の人の声だった。
「失礼します」
頭をやや傾けながら、部屋に悠衣が入った。
それに続けて、亜依が入り、最後に亜希が入る。
中に入った亜希は、校長室の様だと思った。
転校初日に思わぬ形で入ったあの場所。
机には校長ではなく、母親と同じくらいか少し上くらいの女性が座っていた。
…怖い。けれど…似てる。
女性は双子と似ている。
その横に立っている男性は、似ていなかったが、どこかで見た覚えがある様な気がした。
「あ…」
思わず声をあげた。
「この子が…そうね?」
「はい、奥様」
女性の声に頭を下げて応える男性は、亜希が自転車に乗れず一華に叱責されていた公園で、亜希に自転車の乗り方を教えてくれた男だった。
亜希は、それに気が付いた。
「あの、あの時はありがとうございました」
お礼を言って頭を下げる。
しばらく沈黙が流れた。
…どうしよう…今言う時じゃなかった…?
それとも…人違い?
下げた頭が上がらない。
床の上のふんわりとしたスリッパに、亜希の視線が行く。
「お母様、この子を夕食に招待したいの」
沈黙を破ったのは悠衣だった。
漸く顔を上げられた亜希は、女性と男性、双子を見る。
「えぇ、構わないわ。夕食まで部屋で遊んでらっしゃい」
怖かった空気が和むのを、亜希は感じた。
「良かった。合格ね!」
亜依が満面の笑みを浮かべる。
「では、また後で」
悠衣がそう言って、退室するのに連れられて、残りの二人も軽くお辞儀をして出て行く。
「ねぇ…何が…合格なの?」
前を歩く二人に亜希は問う。
「「秘密」」
双子はリンクして居るかの様に、同時に唇に人差し指を当てた。




