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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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55/75

―過去―

亜希が世界を認識し始めた頃、すでに父親と兄は家から居なくなっていた。

時折、帰宅する兄ではあったが…それも一年に二回、夏と冬の長期休みの間だけ。

兄と言うより親戚の人。に近い感覚だった。


体の弱い亜希は、よく児童特有の原因の分からない高熱を出す。

その上、どれだけ検査をしても原因が判明しない症状が出る。

母親は不憫に思い、一華と義母の世話、父親の不在を補う為の稼ぎを受け持ちながら、亜希を看た。


母親が「亜希の死」を望んでいる。


そんな、心無い噂が流れているのも母親は知って居た。

義母が流した噂だった。


自分の事が公にならない様、自らの印象を良くしておこうと言う浅知恵だ。

それを、時間に追われ自分との時間が取れない娘、一華が真に受けているとは知らなかった。


義母が部屋に引きこもる様になり、子守りの手が無くなった事は痛手だった。

その為母親は一華が大きくなるにつれ、家事を仕込んだ。

亜希の病状が落ち着くと、妹の面倒を率先してみる様になった一華に対し、安心と信頼を持っていた。

亜希からすれば、それは不幸だった。


母親が見ていない所で、テレビに映るプロレス技や柔道の技を見よう見まねでかけられる。

幼く弱かった妹は、面白良い程に良く飛んだ。


園で体の痣を見られ、担当保育士に「どうしたのか」と聞かれるが、本当の事を言えばまたやられる。

「転んだの」と亜希は答えるしかなかった。


「私の時は…」と、一華に昔自分が受けた母親からの仕打ちを引き合いに出され、抵抗や反論などする日には、新聞か布団を口に詰め込まれた。


息を吸おうとしても吸えない苦しさは、亜希の生存本能に強く結びつけられ、一華に対する恐怖が拭えない。

離れるか、言う事を聞くか。

亜希の選択肢はその二つだった。


「あんたさえいなければ」


何度言われた台詞だろう。


園児の首を小学生がそう言いながら締める。


どうして、お姉ちゃんは私をそんなに嫌う?


古い家の二階、布団の上で繰り広げられる「ソレ」は、母親にとっては遊んでいる事になり、祖母にとっては知らぬ事。


あの時、意識を手放しても良かったのかも知れない。と、亜希は思う。


園では園で、最年長のクラスになった時の、担当保育士が黒崎に変わった時のネチネチとした嫌味攻撃や、和雄の事を言われるのが嫌だった。


「お前の兄ちゃんは…」と、嬉々として兄に行った嫌がらせや虐待を、亜希に聞かせた。

何を言われても、言い返せなかった。

幼く小さな女の子。

そんな亜希に「お前の場合は…」と、下卑た視線を下半身へ注ぐ。


あれも…気持ち悪かったな。と、亜希は考えれば考える程、嫌だった事が頭の中に浮かんできた。

祖母の死、兄の帰宅、転校した先の小学校の事、水泳教室…、担任の教師…。

そして…姉、一華…。


「何?ぼーっとして」


ベッドに寝転ぶ亜希の顔を、自分に似た顔が覗き込んで来た。


「別に…」

「また、記憶の事?」

「…」


亜希は頷く。亜希には二種類の記憶があった。


一つは宮木亜希としての記憶。

もう一つは…自分が会ったはずの宮本亜依の記憶。

亜依は目の前に居る「宮本悠衣」の双子の妹だ。


「唯一の救いは宮本亜依に会えた事だ」と、亜希は思っていた。

だが、亜依として亜希に会っている記憶も持っている。


「時々、分からなくなってね…今思い出してたのは宮木の方だよ」

「宮本の方も思い出せる?」

「うん。亜依と会う前の事のはずなのに…おばあ様に勝手に部屋に入って怒られた事とか、亜希が行った事の無いはずのハワイの事とか…」


二人分の記憶に混乱する。と、亜希はベッドに俯けになった。


亜依が死んでから…そうだ。

目の前で、亜依が死んだ。

死んだのは亜依だったはずなんだ。

…私の所為で…死んだんだ。


「亜妃は亜妃だよ」


悠衣は亜希の背中を撫でた。


「亜依の記憶があっても、亜希の記憶があっても、ここでは亜妃」


亜妃。亜希は宮本の家が絡む場所ではそう、呼ばれている。


三人が出会ったのは小学校二年の時。

一華が始めた「お遊び」を終わらせようと宣言し、痛めつけられたあの日から、家に帰る事が恐怖でしかなかった亜希は、街を彷徨い歩いていた時、声を掛けられた。


最初は鏡かと思った。


あまりにも二人はよく似ていた。

亜季と亜依。


違うのは服装と、後ろに大人の男が立っている事だけ。

生き別れの姉妹…双子だと言われても誰もが納得する。

むしろ、その時に居た周りの者達からは双子の様に見えただろう。

お互いが驚く顔まで、そっくりなのだから。


「本当に…そっくりね」


亜依は満面の笑みを浮かべ、亜希は驚いた顔で固まっていた。

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