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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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54/75

ー現在ー

姉が爆発に巻き込まれそうになるのを、私は遠くから見ていた。

姉がこの時間駅を使う事も、ここを通る事も知っていた。

もしかしたら、巻き込まれて死ぬかもしれない。

そう思いながら、この時間に役所が爆破する様、爆弾を仕掛けることに決めたのは私…だったから。


立ち上がる風と灰の中、見え隠れする姉、一華。

その横で炎をあげ、崩れる建物。

亜希は世界が明るくなった。と、感じた。


「ふふふ、ははは!」


笑いが止まらない。


やっと、やっと光が見えた。

やっと…やっと明かりが灯った。

彼女や彼に送る、最高の炎。


「全部、全部、壊れてしまえ」


皿の上に乗っていたあの子達も、床の上に並べられたあの子達も、身を寄せ合って震えていたあの子達も、半開きの目で「ほこり」を眺め続けたあの子達も…。


皆、皆、そう考えた筈だ。


壊れかけた頭で、何もかもが麻痺して、身体の痛みも心の痛みも感じなくなっても。

そもそも「痛い」と言う事すら、知らない子達も。


そう思っていた筈だ。


「何もかも…世界なんか壊れてしまえ」


暖かい風と時折熱い風が、亜希の身体と心を包む。

冷え切った自分自身が、温まるのはこれくらいの温度が必要だったのかも知れない。と、亜希は思った。


後ろでは黒ずくめの男が一人、亜希の様子を伺いながら、黙って一定の距離を保っていた。

亜希が歩くと、同じ速度で着いてくるその男の名前を、彼女は覚えない。

コロコロ変わる「それ」を、覚えてはいられない。


亜希は笑いが治まると、少しの距離でうろちょろと彷徨っている姉の元へ歩いた。


亜希とは違い、至近距離で爆音と爆風、それに白煙と灰に塗れた一華は、視界や方向感覚を失って居る様だった。


亜希は目の前で這いつくばる姉を見下ろした。

顔色は青く、軽い怪我をしているのを、さっと確認した。


目に灰が入ったのか。赤い。


充血した目の横に溜まった涙を、指で拭いてやる。


「久しぶり、いっちゃん」


亜希は一華から「そうだね」と返ってくる事を少し期待した。

が、一華は目を見開く反応しか、返してはくれなかった。


そうか。


亜希は残念に思う。


「…誰…?」


ほほう。誰、と来たか。


亜希のナイフを持つ手に力が入った。

「何か有れば使え」と、待たされたナイフ。


「酷いな。妹の顔忘れた?」


軽い拍子で返すが、一華の顔は真剣そのもので、本当に訝しんで居る。


「…亜希…じゃない…」

「あき…だよ」

「だって…何か違う」


時折咳をし、途切れ途切れに一華は言葉を吐き出した。


「そう?でも、私は私だよ」


そう。

『私は私』


「亜妃…マスク」

「ありがと」


差し出されたマスクを、亜希は風に乗せた。


「でも、要らない……下がってて」


黒子は私に関わるな。


「あれは…誰?」

「いっちゃんの知らない人だよ」


一華に応えながら、亜希は持っているナイフの刃を指でなぞった。


結構鋭いな。


「刺されるか、刺すか…どっちが良い?」


答えを知って居る癖に、問うてみる。


「は…?…どっちも嫌…」


嘘ばっかり。


「いっちゃんなら刺す方選びそう」


亜希は笑いが、また込み上げてきた。

その所為でナイフが指に当たり、少し血が出てしまった。


触れながら笑うのは…危ないな。


「ねぇ、いっちゃん……私の事、どう思ってた?」

「何が?」

「嫌いだった?」


一華が狼狽えているのが、目に見えて分かる。


「ねぇ。それとも好きだった?」

「妹だよ…」

「妹としても、人間的にしても…どうだった?」

「そりゃ…」

「…いっちゃん、私を人間として扱ってくれなかったよね…」


幼い頃の、記憶の片方。

宮木の家で育った方の記憶が、鮮明さを取り戻していく。


「そんなことは…」


一華は言い訳をしようとしたが、それは新たな爆発音で阻止された。


思ってたより…速いな…それとも…。


どうやら引火して、予定外の爆発が起きた様だ。と黒煙が上がる場所を確かめると、また視線を一華に戻した。


遠くの方で、消防や救急車の音が聞こえ始めた。

しかし、道が飛んだ車や破壊された物で塞がっている。

ここに辿り着くには、まだまだ時間が必要だった。


「お願い…刺さ…ない…で…」


一華の掠れた声が、辛うじて亜希の耳に届いた。


「お願いします。…殺さないで…」


懇願する様に…亜希に土下座する。

プライドが高く、傲慢な人間が這いつくばる姿を見ても、スカッとはしない。

土下座に価値がない事を、亜希は痛い程知っている。


「別に刺さないよ」

「…本当に?」


少しだけホッとした事が、一華の声から漏れ出ていた。


「うん」

「なら…そのナイフは…」


オドオドと視線が右往左往して、彷徨っているのが亜希には面白く感じた。


しかし…目も合わせられないのか。

なのに、こんな。

こんな人間を…こんな…人間に…こんな…。

こんな人間と…私は…。


面白さと憤りが、亜希の中で入り混じる。


「…いっちゃん」

「何…?」

「私達、姉妹なんだよね?」

「そう…だよ」

「…私、妹なんだよね?」

「…うん」


視線を地面に落とした一華は、問いに答える。

ナイフを持つ手が震え、突き立てたい衝動を抑える為に、亜希はゆっくりと息を吸った。

気管支がグッと空気を押し出しそうになるが、それにも耐える。


今、咳き込む訳には…いかない。

サイレンも何も、近付いては来ていない。警察もまだだろう。

今が。今だけが…自分に与えられた…最後の…。


亜希は、静寂が周りを包んだ様な気がした。

ジリッとした音が聞こえ、それを合図に口が動く。


「じゃあ、なんでセックスしたの?」


一華の肩が、目に見えて跳ねあがった。


「あれは…遊びで…」

「セックスで、痛めつけるのが『遊び』?…」


『遊び』…遊びだと…?


ふっと渇いた笑いが、亜希の口から出た。


「アイツらと変わらない…んだね」

「アイツらっ…て…?」

「何でもない」


あの子達の姿が、一華の怯える姿に被って見えた。


「ねぇ…いっちゃん。私は…」


私は…生きていて良いのだろうか。


「私に生きてて欲しい?」


罪がバレない様に…。


「それとも、死んで欲しい?」

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