ー現在ー
姉が爆発に巻き込まれそうになるのを、私は遠くから見ていた。
姉がこの時間駅を使う事も、ここを通る事も知っていた。
もしかしたら、巻き込まれて死ぬかもしれない。
そう思いながら、この時間に役所が爆破する様、爆弾を仕掛けることに決めたのは私…だったから。
立ち上がる風と灰の中、見え隠れする姉、一華。
その横で炎をあげ、崩れる建物。
亜希は世界が明るくなった。と、感じた。
「ふふふ、ははは!」
笑いが止まらない。
やっと、やっと光が見えた。
やっと…やっと明かりが灯った。
彼女や彼に送る、最高の炎。
「全部、全部、壊れてしまえ」
皿の上に乗っていたあの子達も、床の上に並べられたあの子達も、身を寄せ合って震えていたあの子達も、半開きの目で「ほこり」を眺め続けたあの子達も…。
皆、皆、そう考えた筈だ。
壊れかけた頭で、何もかもが麻痺して、身体の痛みも心の痛みも感じなくなっても。
そもそも「痛い」と言う事すら、知らない子達も。
そう思っていた筈だ。
「何もかも…世界なんか壊れてしまえ」
暖かい風と時折熱い風が、亜希の身体と心を包む。
冷え切った自分自身が、温まるのはこれくらいの温度が必要だったのかも知れない。と、亜希は思った。
後ろでは黒ずくめの男が一人、亜希の様子を伺いながら、黙って一定の距離を保っていた。
亜希が歩くと、同じ速度で着いてくるその男の名前を、彼女は覚えない。
コロコロ変わる「それ」を、覚えてはいられない。
亜希は笑いが治まると、少しの距離でうろちょろと彷徨っている姉の元へ歩いた。
亜希とは違い、至近距離で爆音と爆風、それに白煙と灰に塗れた一華は、視界や方向感覚を失って居る様だった。
亜希は目の前で這いつくばる姉を見下ろした。
顔色は青く、軽い怪我をしているのを、さっと確認した。
目に灰が入ったのか。赤い。
充血した目の横に溜まった涙を、指で拭いてやる。
「久しぶり、いっちゃん」
亜希は一華から「そうだね」と返ってくる事を少し期待した。
が、一華は目を見開く反応しか、返してはくれなかった。
そうか。
亜希は残念に思う。
「…誰…?」
ほほう。誰、と来たか。
亜希のナイフを持つ手に力が入った。
「何か有れば使え」と、待たされたナイフ。
「酷いな。妹の顔忘れた?」
軽い拍子で返すが、一華の顔は真剣そのもので、本当に訝しんで居る。
「…亜希…じゃない…」
「あき…だよ」
「だって…何か違う」
時折咳をし、途切れ途切れに一華は言葉を吐き出した。
「そう?でも、私は私だよ」
そう。
『私は私』
「亜妃…マスク」
「ありがと」
差し出されたマスクを、亜希は風に乗せた。
「でも、要らない……下がってて」
黒子は私に関わるな。
「あれは…誰?」
「いっちゃんの知らない人だよ」
一華に応えながら、亜希は持っているナイフの刃を指でなぞった。
結構鋭いな。
「刺されるか、刺すか…どっちが良い?」
答えを知って居る癖に、問うてみる。
「は…?…どっちも嫌…」
嘘ばっかり。
「いっちゃんなら刺す方選びそう」
亜希は笑いが、また込み上げてきた。
その所為でナイフが指に当たり、少し血が出てしまった。
触れながら笑うのは…危ないな。
「ねぇ、いっちゃん……私の事、どう思ってた?」
「何が?」
「嫌いだった?」
一華が狼狽えているのが、目に見えて分かる。
「ねぇ。それとも好きだった?」
「妹だよ…」
「妹としても、人間的にしても…どうだった?」
「そりゃ…」
「…いっちゃん、私を人間として扱ってくれなかったよね…」
幼い頃の、記憶の片方。
宮木の家で育った方の記憶が、鮮明さを取り戻していく。
「そんなことは…」
一華は言い訳をしようとしたが、それは新たな爆発音で阻止された。
思ってたより…速いな…それとも…。
どうやら引火して、予定外の爆発が起きた様だ。と黒煙が上がる場所を確かめると、また視線を一華に戻した。
遠くの方で、消防や救急車の音が聞こえ始めた。
しかし、道が飛んだ車や破壊された物で塞がっている。
ここに辿り着くには、まだまだ時間が必要だった。
「お願い…刺さ…ない…で…」
一華の掠れた声が、辛うじて亜希の耳に届いた。
「お願いします。…殺さないで…」
懇願する様に…亜希に土下座する。
プライドが高く、傲慢な人間が這いつくばる姿を見ても、スカッとはしない。
土下座に価値がない事を、亜希は痛い程知っている。
「別に刺さないよ」
「…本当に?」
少しだけホッとした事が、一華の声から漏れ出ていた。
「うん」
「なら…そのナイフは…」
オドオドと視線が右往左往して、彷徨っているのが亜希には面白く感じた。
しかし…目も合わせられないのか。
なのに、こんな。
こんな人間を…こんな…人間に…こんな…。
こんな人間と…私は…。
面白さと憤りが、亜希の中で入り混じる。
「…いっちゃん」
「何…?」
「私達、姉妹なんだよね?」
「そう…だよ」
「…私、妹なんだよね?」
「…うん」
視線を地面に落とした一華は、問いに答える。
ナイフを持つ手が震え、突き立てたい衝動を抑える為に、亜希はゆっくりと息を吸った。
気管支がグッと空気を押し出しそうになるが、それにも耐える。
今、咳き込む訳には…いかない。
サイレンも何も、近付いては来ていない。警察もまだだろう。
今が。今だけが…自分に与えられた…最後の…。
亜希は、静寂が周りを包んだ様な気がした。
ジリッとした音が聞こえ、それを合図に口が動く。
「じゃあ、なんでセックスしたの?」
一華の肩が、目に見えて跳ねあがった。
「あれは…遊びで…」
「セックスで、痛めつけるのが『遊び』?…」
『遊び』…遊びだと…?
ふっと渇いた笑いが、亜希の口から出た。
「アイツらと変わらない…んだね」
「アイツらっ…て…?」
「何でもない」
あの子達の姿が、一華の怯える姿に被って見えた。
「ねぇ…いっちゃん。私は…」
私は…生きていて良いのだろうか。
「私に生きてて欲しい?」
罪がバレない様に…。
「それとも、死んで欲しい?」




