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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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53/75

―現在―

亜里沙の事件も、他の立て続けに起きた殺人事件も、犯人は捕まらなかった。

それでも、街を襲った不穏な空気は鳴りを潜め、ここ数年表立った事件も無かった。


今の今までは。


一華は自分の涙を拭う目の前の亜希が、どうしても今朝見た妹と同一人物に思えない。

周りが非日常で充満しているからでも、灰が目に入って霞んでいるからでもなく、姿かたちはそっくりだが、どうしても「何か」が違った。


「…誰…?」

「酷いな。妹の顔忘れた?」

「…亜希…じゃない…」

「亜希だよ」


黒いコートが熱風を受けて、バタバタとはためいていた。


「だって…何か違う」


時折咳をしながら、一華は目の前に居る亜希に言葉を紡いだ。


「そう?でも、私は私だよ」


そう言って、亜希は笑った。

昔の。幼少期と同じ顔で。


「亜希。マスク」


亜希の後ろからスッと、背の高い男が姿を現した。

ずっと居たのだろうが、一華の目には亜希しか映って居らず、気が付いていなかった。


「ありがと」


立ち上がると亜希はマスクに手を伸ばした。

受け取るとすぐに手を離し、マスクは暴風に乗って飛んで行った。


「でも、要らない」


戸惑った顔をした男が言葉を発する前に、亜希は「下がってて」と命令をした。


「あれは…誰?」

「いっちゃんの知らない人だよ」


微笑んだまま、持っているナイフの刃を指でなぞった。


「刺されるか、刺すか…どっちが良い?」

「は…?…どっちも嫌…」


異様な雰囲気を纏った妹の言葉に、返事を返しながらも「刺される」覚悟をした。


「いっちゃんなら刺す方選びそう」


亜希はクスクスと笑う。


いつもは笑わないくせに、今日は良く笑う。

…でも…笑う時は何で笑うのか、分からないくらいに笑っていたような…。


「ねぇ、いっちゃん」


亜希はナイフを下ろして、一華を真正面から見据えた。

その顔はいつもと変わらない。


薄茶の髪も、白い肌も、真っ黒な目も。

どこも亜希なのに…。


「私の事、どう思ってた?」

「何が?」

「嫌いだった?」


無表情のまま、亜希は一華に問う。


「ねぇ。それとも好きだった?」

「妹だよ…」

「妹としても、人間的にしても…どうだった?」

「そりゃ…」


答えようとして言葉が詰まる。


「…いっちゃん、私を人間として扱ってくれなかったよね…」

「そんなことは…」


ここで間違えれば、私は亜希に殺されるかもしれない。


一華は言い訳をしようとしたが、それは新たな爆発音で阻止された。

消防や救急車の音が聞こえ始めたが、それもまだ遠く、一華のいる場所に到着するのはまだだ。

道も、飛んだ車や破壊された物で塞がっている。


刺されたら…助からないかも。


一華の額に汗がにじんだ。


死にたくない。


地面に着いた手を握りしめた。

亜希の言う通り、自分が死ぬくらいなら亜希を殺すのが一華だった。

刺されるより、刺す方が良い。と、本気で思っている。


でも、亜希からナイフを取り上げるのは…どうすれば良い?


予測通り、年々身長が伸びた妹は、もう自分の身長を優に超えている。

幼かった頃の様に、柔道の真似事で投げ飛ばしたり出来るはずもなかった。


「お願い…刺さないで…」


届くか届かないか分からない声量しか、出なかった。


「お願いします。…殺さないで…」


懇願する様に…亜希に頭を下げる。

這いつくばっていたのだから、頭を下げるだけで亜希に土下座する形に成る。


何でも良い。死にたくない。


「別に刺さないよ」

「…本当に?」


頭の上から振る亜希の声に、一華は安堵するのはまだ早いと思いながらも、少しだけホッとした。


「うん」

「なら…そのナイフは…」


捨てて欲しい?こっちに渡して欲しい?

どっちを言えば良い?


一華は一瞬悩んだが、どちらも言えなかった。


「…いっちゃん」

「何…?」

「私達、姉妹なんだよね?」

「そう…だよ」

「…私、妹なんだよね?」

「…うん」


一華は視線を地面に落としながら、亜希の問いに答えた。

風が吹いて、暖かい空気が灰と共に自分に絡み付いて来た気がした。

振り解きたくても、振り解けない感覚が、身体を包む。


少しの間が、一華には長く感じられた。

サイレンも何も、近付いては来ていない。

亜希と自分、周りの負傷した人間のうめき声すら、遠のく気がした。

息絶えたのかも知れない。


沈黙の後、亜希の靴がジリッと音を立てた。


「じゃあ、なんでセックスしたの?」


一華の体が跳ねあがった。


「あれは…遊びで…」

「セックスで、痛めつけるのが『遊び』?…」


ふっと渇いた笑いが、亜希の口から出た。


「アイツらと変わらない…んだね」

「アイツらっ…て…?」

「何でもない」


一華の頭の中で、仕舞い込み霧が掛かった様になっていた記憶が、沸々と鮮明になり始めた。

アレを終えてから、忘れる様に自己暗示した。

それが…解け出す。


そう、アレは…女同士のセックスだった。

それも、無理やりの。


「ねぇ…いっちゃん」


亜希の声に応えられず、一華は黙り込んだ。


「私は…、私に生きてて欲しい?」


優し気な声が、一華に問いかける。


「それとも、死んで欲しい?」

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