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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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3

「あんた、いつまで寝てんの!」


母親の怒鳴り声が、降ってくる。

昨晩、兄と母親が眠る部屋から出て、祖母の部屋で寝た事では無く、殴られた理由はそれだった。


母親は自分の予定が狂うのを嫌う。


「はよして!」


寝ぼけ眼の一華の頭にバサっと服が飛んで来た。

パジャマを脱ぎ、それを着ようとする。


「何なん!何であんたパンツ履いてへんの!」


昨日、風呂から出てアレの後、見当たらずそのままパジャマを着た事を言えずに居ると、白いモノが顔に投げつけられた。


「はよそれ履いて!ほんまグズやな!」


時間が無いのに。と、ぶつぶつと吐く母親の顔が赤い。

速くしなければ平手が飛んでくる。

慌てて履こうとするが、足が縺れる。

自分の手足なのに、思う様に動かないのが、まどろっこしい。


「はやく!」


近付く事すら時間の無駄なのか、離れた場所から母親の声が轟く。

急いで靴下やズボン、上の服を着て、母親が立つ玄関へ行くと、祖母が上着と小さな赤い鞄を渡してくれた。


「行くで!」


母親がハンドルを持つ自転車の後ろには、黒い鞄を斜めにかけた兄がもう座っていた。

何か言いたげな目でこちらを見ているが、母親は一華を掴み、自転車の籠の後ろにつけた幼児用の椅子に座らせた。


「ほな、行ってきます」


祖母に声をかけ、ペダルを踏んだ。

遠くの後に祖母の返事が流れ、前から来る風に目を瞑る。


「ちゃんとしといてや」


風と同じ冷たさの声が、耳に届いた。

微かに頷く。

母親にこの返事が届いているのを祈りながら。


「おはようございます」


前方から口々に挨拶をする声が聞こえた。


「おはようございます」


きゅっと音を立て、自転車が止まる。

兄が後ろから降り、不安定に揺れる中、両脇を掴まれ降ろされた。


「よろしくお願いします」


母親が精一杯の優しげな声で、保育士に言う。

貼り付けた様な笑顔が、相手に通じると思っている母親の態度は滑稽そのものだった。


「はい、行ってらっしゃい」


負けじ劣らずの貼り付けた顔で、保育士が答える。


「あ…和雄が昨日階段から落ちましてー」


顔だけを保育士に向け、間延びした声で母親が兄の怪我について言い訳をして行く。


「あ、はい。分かりました。その時の怪我ですねー」


保育士もそれを受けて間延びした声を返す。

一華は自転車を漕ぐ後ろ姿を見送り、保育士に誘導されるまま建物へ入って行った。


母親は保育士以外とは何も話さない。

それを良しとしない保護者達の子供は皆、二人を遠巻きにする。

部屋に入るまで、誰とも目を合わせず廊下を歩く。


兄と階段の所で離れ、一人でドアを開けた。

すでに何人かの子供達と、保育士が一人部屋に居た。


「あ…」


誰かがこちらに気付き声を出した。

ビクッとした一華は咄嗟にドアを閉めてしまう。


閉めてしまえば、自分は見えない。

嫌なモノも嫌なモノからも。


ドアの前で立ち尽くしていると、一人が目の前に来た。

一華を押し退け、ドアを開けて部屋に入って行く。

廊下の柱の所へ身を寄せると、他のクラスの子供達が前を通って行った。


何人かが不思議そうな顔をして行くが、立ち止まって問う子は居ない。


子供の姿が廊下から消え、玄関口に近い扉が開いた。

保育士の部屋から、何人か出てきては階段を上がる足音がした。

その後ろで聞き慣れた声がする。

さっきの保育士だ。


「あー先生の所の宮木和雄君、また怪我したらしいです。お母さんが階段から落ちたと、今朝来られた時言ってました」


部屋で申し送りをするのを忘れたと、笑う。


「またぁ!?」

「多いですよねー」


階段の手前で声高々に立ち話を始めた。

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― 新着の感想 ―
xから読まさせていただきました。 復讐 題名で怖いですね。 感想書かせていただきます。 深い苦しみと悲しみに包まれたものでありながら、その内面に揺れる複雑な感情が丁寧に描かれていて、胸にじんわりとし…
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