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明るい日差しが窓から差して、その眩しさに一華は目覚めた。
起き上がると、同じ部屋に居るはずの亜希の姿は無く、下に降りても居なかった。
「亜希は?」
もう朝ご飯を作らなくてよくなった一華は、自分のコップに牛乳を注ぐ。
「今日は早く起きて、もう家を出たわ」
一年生から四年生までは集団登校。
高学年と言われる五年生からは、月に一度の集団下校以外は自由だった。
もちろん一華も集合場所へ行かなければならない。
妹の亜希も同じだ。
いつもなら「姉だから」と亜希を見る様に言う母親も、集合場所には担当の保護者が居るからと、一華を急かさなかった。
「水泳にはちゃんと一緒に行ってね」
目だけで一華を見る。
頷き、牛乳を飲み干すと自分も学校へ行く準備を始めた。
夜の事は夢の中での出来事に感じた。
チラチラと薄暗い中に見えた、あの白い腹にあった赤と青も。
そして…。
自分が触れた事のある場所は、いつも柔らかかった。
なのに、亜希にもちゃんと硬い骨がある。
指先に残っている硬さと、触れた柔らかさとの違いを様々と思い出す事で、気分が微かに高揚した。
良い気分。
自分が受けた気持ち悪さが、綺麗サッパリと無くなり空中に分散され、浄化された気になって行く。
いい気味だと思う。
その中で、一華は父親や兄の様な人間ではなく、クラスでも人気者の自分がした事を「良かったのでは?」と思い始める。
自分が声を掛ければ、喜ぶ男の子達。
何でも言う事を聞いてくれる。
満面の笑みで…学校では拒絶された事がない。
そんな自分が、遊んであげた。
喜びこそすれ、何故泣いたのか。
考えれば考える程、一華は歪んでいった。
本当は嫌じゃなかったはず。
泣いていたけど、あれは嬉しくて泣いていたんじゃ?
いつもは叩いたり殴られたり…なのにそうじゃない事をされて…でも…。
自分がした事が亜希にとって良い事だと思い始めると、今度は逆に亜希に対して筆舌に尽くしがたい程の苛立ちがこみ上げてくる。
亜希は良い事をされたのに、私は気持ち悪い事をされた。
いや、同じことをした。
なら、一華がした事は亜希にとっては…。
思考が堂々巡りになり始めた頃、母親が出る音がして急いでランドセルを掴み、後を追った。
一華は鍵を掛け、それを首にかけて服に仕舞った。
登校時間が迫った集合場所には、何人かの保護者と子供達が集まっていた。
最後に来たのが一華だった。
「おはようございます。遅くなってすみません」
「おはよう一華ちゃん、大丈夫。時間には間に合ってるよ」
「なら良かったです」
にこにこと、保護者達に愛嬌を振りまく事を忘れない。
一通り保護者に挨拶をし、笑顔が返されるのを確認した後、先に来た妹を探す。
少し離れた所で何度かは見かけたが、一華が話した事がない女の子と、何か話をしている亜希を見つけた。
にこやかに、仲が良さそうな二人だ。
そこへ、もう一人男の子が加わると三人は殊更、楽しげだった。
その男の子は痣を作ったり、背中の足跡を残したりと…虐める子とは違うらしい。と言う事がはしゃいだ声から分かる。
微笑ましいはずの光景に、一華は胸がざわついた。
亜希が笑っているといつもそうだ。
何か…ムカつく。
じっと見ていると、男の子と亜希がじゃれ合っているのが多かった。
もう一人の女の子はそんな二人を…。
…を?
一華は気が付いた。
じゃれあう二人は気が付いていないだろう、その女の子が二人をどんな目で見ているのか。
ふーん…。
さっき程まで浮かんでいた笑顔とは違う笑みが零れた。
なるほど…ね。
一緒に居る女の子は、男の子が好き。
だが…男の子は亜希が好きだった。
それが、目に見えて分かった事で、一華の足取りが軽くなる。
面白い事になりそう。
先を歩く小さな頭三つを、眺めて考える。
妹を真ん中に置いて、揺れる三つ。
どうやって亜希を虐めようか…。
一華は自分自身を分かって居なかった。
何故、こんなにも亜希を虐めたくなるのか。
楽しそうにしていると、何故どうしても許せないのか。
たまに考えてみるが、分かった試しは無い。
ただ、地獄だと思っていた時期に赤子だった亜希が、災難を被っていない事が許せないのだといつも結論付ける。
それなのに、面倒を見なければならない。
その煩わしさも、輪をかけた。
泣いていればいい。苦しんでいればいい。
お母さんに甘やかされている亜希なんて…。
一華は後ろからじっと、亜希を睨み続けた。




