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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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39

亜希の喘息が落ち着かない。

それは冬が来たからだと、一華は考えていた。


どうせ、春には治まる。


そう、考えていたが母親は違った。

医師からのアドバイスとして「水泳」に通わせることにしたのだ。


「肺を鍛えるのに良いんだって」


母親がいそいそと必要な物を集め、名前を書いている。

手元には自分の名前も見えた。


「あなたも行くのよ一華」


こっちに来てから、少し標準語に近くなった口調で話されると、一瞬戸惑うがそれはそれで「上品」に感じて嫌いでは無かった。

自分も直していく方が良いのだろうとも思う。


「本当に?」

「ええ。ちゃんと亜希をみててね」


なんだ、亜希のついでか。


一華は一瞬の内に高まった気分が萎えた。

いつかは「習い事」と言うモノがしたかった。

学校で遊んでいても「今日習い事が有るから」と先に帰る友達の後姿を恨めしく眺めていた。


なんだか…カッコいい。


習い事をしている子達が、嫌そうにはしているものの何処かでは「良いだろう?」と、自慢を言われている気になっていた。


何かしたい。


母親に言った事もあったが「金がない」と一蹴されてきた。

確かに今なら姉妹二人を通わせる金はあった。

だが、それでも母親が居ない間「誰が」亜希の世話をし、兄の飯を作るのかと、一華の要望は聞き入れられなかった。


兄は最近父親と顔を合わさない様に、家に居る時間をずらしている。

それが、兄の飯問題を解決してくれたのだろう。


「お兄ちゃんは?」

「お兄さんは行かない。いつ帰って来るかも分からないし、放っておきなさい」


視線を水着や水泳帽に落とし、油性ペンをひっきりなしに動かす。

反抗期にでも入った兄を、もう母親は止めない。

力も身長も抜かされてしまった。

対抗できるのは父親だが…それも期待できない。


「あ…」


そう言えば。と、母親は一華を見据えた。


「最近、お金が財布から減るん…減るのだけど、知らない?」


じっと、目を合わせ見つめる。


「知らない」


一華は首を振った。


「そう。…あ、後ね、亜希の部屋変える事にしたから」

「え?」

「しばらくの間お母さんと寝るの」


名前をお書き終わった水着たちを畳み、引き出しに入れながら言う母親の表情は見えない。


「最近、特に喘息が酷いでしょ」

「あっ…うん」

「病院に行っても良くならないし、近くで様子を見た方が良いって。お医者さんが言うのよ。まあ、水泳も始めるし、体力的な物かも知れないから…」


一華は内心喜んだ。

これで、一人部屋になる。と…しかし、それは後に続く母親の言葉で打ち消された。


「お兄さんと一緒の部屋になってね」

「へ?」

「お父さんも帰って来たし、いつまでも居間で寝て貰う訳にはいかないでしょ。お兄さんの部屋をお父さんが使って、お母さんの部屋は亜希と使う。今の一華の部屋、家具の配置を真ん中にすれば、仕切りが出来るから…問題ないでしょ」

「え、い…」


嫌だ。そう言いかけて躊躇した。

母親の視線が、有無を言わさない気迫を帯びていた。


「分かった?」

「はい」

「週末、模様替えと移動するから、遊びに行かないで」

「…」

「返事は?」

「…はい」


週末…と言う事はもう、一週間も無い…。


一華は愕然とした。

今までは亜希相手に思う通りにしてきたが、その相手が兄に変わる。

いつものようには行かないだろう。

それに…。

自分の部屋を一華は見渡した。


この部屋が…半分の広さになる。


仕切りが出来る事で実質一人部屋みたいなモノだ。と、母親は言うが…そうは思えない。

狭くなり、窓も半分の位置になるか…分け方で窓すらなくなるか…だ。


一華の口がだんだんとむくれていく。

眉間に皺が寄り、机の上の物を全て投げ落としたくなる。

もちろん、自分の机ではなく亜希の机だ。


だが、何度かそうした事によって、亜希の机の上にはほぼ何も乗っていない。

使っていない机の様になった後、中身をぶちまけた事で今は引き出しすら鍵がかかって居る。


「ただいま…」


亜希の声が下からした。

母親と少し話をした後、亜希は部屋にやって来る。


部屋のドアが開いた直後、一華は亜希を引っ張った。

背中に背負われたランドセルが床に打ち付けられ、大きな音を立てたが…母親には聞こえていない。


「あんたはお母さんと一緒…私は…」


そう言って、亜希の顔を叩いた。

身をよじって一華の手から抜けた亜希は、頬に手を当て机の前に立った。


「部屋も狭くなるし」

「…私の所為なの?」

「はぁ?」

「それって、私の所為なの?お姉ちゃん」

「口答えするな」


腕を振り上げもう一度叩こうとする。

避け切れずに亜希は頭を叩かれたが、すぐに一華に向き直った。


「そんな事ばっかりするから…自業自得じゃないの?」


見据える亜希の目に一華はビクッとした。


「ねぇ…?お姉ちゃん」

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