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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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案の定、父親は家に居座った。

しかし、想定外に機嫌が良い日が続き、以前の様な暴力も暴言も無く、ただ寝ているかパチンコへ行くか、知り合い達と麻雀に行くと長時間帰って来ない事が多かった。

たまに金を母親に渡しているのを見る時もあった。

仕事もしていたのだろう。


父親が家に居る間は、機嫌を損ねない様にしなければならなかったが、珈琲を淹れろと言われれば淹れ、新聞を持って来いと言われれば持って行く。

言う通りにさえしていれば、無事だった。


時折、亜希に対して怒鳴っている時があったが、亜希が反抗的だったのだから仕方ない。

リビングの椅子が飛び、椅子の脚が折れる事もあった。

が、亜希が言い返すのを止めない所為で、一華が亜希を殴る事もあった。


「なんで?なんで怒らすん?」


殴られ泣く亜希に馬乗りになる。


「なぁ、なんで?」


小さな頬が赤くなっていく。

亜希の叫び声が大きくなると、近所に聞こえるかもしれないと考えた。

そう考えると今度はあの、走って戻って来た母親に殴られた事を思い出す。

亜希ではなく、自分だけが殴られた事を。


「静かにして」


そう言って殴るから、亜希は更に痛がる。


口を塞ごうか。


辺りを見渡すが、塞げるものが見当たらない。

漫画に出て来た「水を含ませた新聞紙」で口を塞ぐのをやって見たかったのに。と、内心思う。

が、新聞入れまで行くのに部屋を出る。

水も水道行くのには遠い。

なので、一華は断念した。


退いたら逃げられる。


床に押し付けられて泣いている亜希を見下ろす。

小さいはずの彼女は、少しでも力を緩めると一華を持ち上げそうなほど力があった。


「お姉ちゃんに逆らうな」そう教えてきた筈なのに。


「うるさいな」


近くに有るぬいぐるみを掴むと、それを口へ押し付けた。

くぐもった声が聞こえ、少し静かに成った気がした。

苦しいのか暴れ体が上下し、お馬さんごっこの様に面白かった。


ぬいぐるみが口から反れると、涎と涙でぐしょぐしょの亜希の顔が見え、一華は笑いがこみ上げた。


「なんなん!凄い顔!!ぶっさ!!」


笑う所為で手に力が入らない。

振り解かれる様に咳き込み、苦しむ亜希の上から退き、手を叩いて笑う。


「あんたが悪いやで?」


ずっと咳をし続ける妹を見下ろしながら、一華は優越感に浸った。

一度踏んだ虫が、ぴくぴくと動く姿と同じだと。


蹲っている腹を蹴りたくなった。


が、いきなりドアが開き、母親が入って来た事によってそれは実行されなかった。


「亜希!」


母親が血相を変えて駆け寄り、妹を抱き上げた。


自分の愚行がバレる。


そう一華は冷や汗をかいたが、酸欠に陥っている妹は咳をするだけで何もモノが言えずにいた。

そして、机とベッドの間の隙間に隠れると、亜希を抱えて階段を下りていく母親を見送った。


救急車が来て、亜希と母親を運んでいく。

玄関に人だかりができているのを、窓から和雄と二人で眺めた。


「喘息の発作やろ。大丈夫」


和雄が一華が心配していると思い、声をかけた。

「うん」と、頷く。


父親が失踪してからの事、亜希は頻繁に病院へ行くようになっていた。

「喘息」と言うモノに罹っており、発作で死ぬこともあると言う。

それを聞いてから、母親が亜希には優しくなった。


死ぬことを望んでたのに?


保育士に聞いた事が頭から離れない一華は、疑問に思っていた。

それも「世間体」の為だろうと納得したのは、祖母が始終言っていた「世間体が悪い」の言葉でだ。


そう。死んだら、殺したら、世間体が悪いから生かす。


危うく殺しかけた事を、後悔する事も無く、ただひたすら「妹を心配する姉」を演じた。


ま、「大事な(おもちゃ)」だし。


部屋に戻り、ぐちゃぐちゃに濡れたぬいぐるみを亜希のベッドに戻した。

自分のベッドにも置かれている様に。


同じクマのぬいぐるみ。

赤いリボンは妹の。

緑のリボンが一華の。

何年前かに貰った、クリスマスプレゼント。


これを貰った頃は、仲良かったのに…な。


本来はふわっとした毛が、べちゃっとなっている。

関係もクマも変わる。

一華は布団をクマの顔にかけた。


一緒に遊んでいた事も、おままごとをした事もあった。

いつから、離れたのか。

一華が最初に拒否をしたのは憶えていた。


友達と一緒に居る時に妹に会って、ベタベタされるのが嫌だった。

それに、友達が可愛い可愛いと妹に言うのも。


ふと、そう言えばと思い出す。


兄とも最近、亜希は遊んでいない。

中学と小学生低学年。

無理も無いなと思ったが「夏には遊んでいたのに早いものね」と移り変わりを内心馬鹿にした。


「もうそろそろ、亜希の誕生日」


窓の下の野次馬が居なくなったのを眺めながら、呟いた。


「プレゼント…何にしようかな」

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