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悴む手で服を絞り、風呂場から出ると祖母がタオルを持って待って居た。
寒さで赤くなった体を、タオルで包み擦り温める。
「ばあちゃ…」
寒さで余計に舌足らずになる。
この時の祖母の顔を一華は憶えていない。
その後何があったのかも、殆ど…。
二階に裸のまま上がらされ、暖かい布団に入った。
暖かい何かが体を這い、湿った黒い何かが覆いかぶさって来るのが、鬼だと知るや否や部屋の端に溜まっている髪の毛の塊を眺めながら、去るのを待った。
痛みは無かった。
何か気持ち悪い。
ただそれだけの思いが、部屋の隅で髪の毛の先にカラカラになっても引っ付いている皮膚の様に、一華の心に残っていた。
ぎしっと、部屋につながる階段から音がした。
目をやると階段と繋がる二階の床、半円の影が見えた。
階段から様子を伺うそれの目と目が合ったが、父親がそれに気が付き部屋の襖を閉めた。
下から響いていた赤子の声が、いつしか聞こえなくなり、低い息遣いだけが一華の耳に届く。
この時だけは、気を紛らわす一因として泣き声を求めたかも知れないが、下では祖母が赤子をあやし、母親は外出していた。
階段には身を潜めて座り込む兄が、固唾を飲みながら…部屋の音に耳をそば立てた。
父親が呻いたかと思うと、箱から何かを引き出すシュッシュと擦れる音がした。
息を大きく吸って吐く音が終わると、部屋から出て行った。
「はよ寝ぇ!!」
階段の所で兄と鉢合わせしたのだろう、怒鳴り声が踊り場くらいしかない狭い廊下と部屋に響いた。
慌てて部屋に入って来た兄の手に、従兄弟からのお古のパジャマが二枚あった。
ゆっくりと布団から出て、パジャマを着る。
パジャマのズボンが食い込むのが気持ち悪いと思ったが、濡れた下着よりマシだと思った。
「…」
兄も無言で着替え、二人で一組の布団へ入る。
さっきまでの体温がまだ残っていて、良かったと頬が綻んだ。
そして、どちらからとも無く、身を寄せ合い目を閉じた。
兄は一華を抱え、底冷えした自身を温めた。
一華はその兄の体温を…肌の感触を気持ち悪い。と、思い始めていた。
寝たふりをして、反対側を向く。
さっきまで見ていた髪の毛がまだそこに在った。
兄の手が、一華を捕らえて離さない。
もぞもぞと動く。
何度も。
眠くなり、目を閉じた。
もぞもぞ。
兄が動くから、目が覚める。
ウトウトともぞもぞの攻防戦。
軍配は二人共に上がらなかった。
寝室の襖が開き、帰って来た母親が寝に来たのだ。
いつも通り、隣の布団に入るはずだった。
しかし、秋にしては冷えた夜、母親は一華の寝る布団に入って来た。
強烈な酒臭さに目が覚めた一華に、母親が気付いた。
「なんや…はよ寝ぇや」
そう言って布団を自分の方へ寄せる様に、引っ張る。
母親の目線が一華の胸元に行く。
「なんなん。あんたら…きもいな」
そう言うと、一華とは逆の方に体を向け、いびきをかき始めた。
するっと一華を捕らえていた腕が緩み、圧迫が無くなった。
母親の布団を動かさない様に…隙間を作らない様に這い出て、立ちあがると兄と母が背中合わせで並んでいた。
部屋を出て、トイレに行った振りをしてから部屋に戻ろうとしたが、居間に父親はおらず、祖母と祖母の腕の中でスヤスヤと寝息を立てている妹を見た。
立ち尽くす彼女に、祖母が気付き手招きをする。
「寝れへんの?」
祖母の言葉に無言で頷く。
「お母さん…酔うてはったもんな…」
赤子を起こさない様に、祖母が揺れる。
見ている内にまた、眠気が襲ってきたがあの部屋に戻るのが怖かった。
「せやなぁ…、おばあちゃんの部屋で寝るか?」
後で一緒に寝よう。と言う祖母の言葉に頷き、一華は祖母の部屋へ行った。
不思議な匂いが立ち込めるその部屋は、あまり好きでは無かったが、あの部屋よりは良い。と、布団に入る。
冷たい布団は寒かったが、待つ間の時間は苦では無かった。
おばあちゃんと眠れる。
祖母が来るのを待てずに、一華の目が閉じられた。
そして、朝。
母親の怒鳴り声と、頭を殴られた痛みで起きたのは、言うまでも無い。




