表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/77

37

順風満帆に思えた生活は、学校生活こそ続いたが、家庭では暗雲が流れ始めていた。


転校の手続きや新居の整理がひと段落着いた頃、学校から帰るとリビングのテーブルに見覚えのある後姿があった。

一華が帰宅した音を聞きつけ、振り返るソイツは…紛れもない失踪押した父親だった。


「よう」


最後に見た時より老けた気がするが、そうやって笑う顔は変わらない。


「ええとこに引っ越せてよかったな」


ニヤニヤと笑うその向こうに、暗い顔の母親と兄を見た。

亜希はまだ帰って来ていないらしい。


「ただいま」


どう言って良いのか分からず、一華の口からはいつも通りの言葉しか出なかった。


「久々に会おた親に素っ気ないのぅ」


薄ら笑いが消え、目が細くなった。

一華はその反応を久しく見ていなかったが、体は憶えている。

心臓の周りが冷え、体の芯がガタガタと震え出す感覚が来た。


殴られる。


身構え、目を閉じてきゅっと縮む。

…しかし、父親は立ち上がりはしなかった。


「まぁええわ。お前も小さかったもんな」


そう言うと煙草に火を付けた。

深く吸い、吐く。

白い煙がゆらゆらと揺れ、天井に吸い込まれていった。


「で?一番下は?」


亜希の事を言っているのだろう。

母親がまだ帰宅していない旨を告げると、どれくらいになったかとさも気にしていたかのように聞き始めた。


自分はどこかに消えていた癖に。


そうろっと父親の背後を通り、自室のある二階に行く。

足音は立てない。

兄が俯いているのを見たが、膝の上で手は震えているんだろうと考えた。


リビングを支配している空気は、恐怖そのものだった。

いつ、暴れるのか分からない男がそこに居るだけで、皆身体が固まる。

夫婦である母親でさえも、何かしら緊張した面持ちだ。


「ランドセル置いたらこっち来い」


音もなく階段を上がると、後ろから声が掛かった。

振り返り、頷く…。


が、本当は行きたくなかった。

出来れば部屋に引きこもって居たい。

自分の好きな色に囲まれ、亜希が帰るまでのんびりと部屋を満喫したい。

しかし、命令は絶対だ。


ランドセルの中の宿題を出すと、いつもの鞄かけに引っ掛けた。

赤いランドセルが揺れる。

宿題は机の上に置く。

今日の宿題が出来るのかどうか、不安になりながら筆箱をそのノートの上に置いた。

ノートの楽しそうな絵が、いつもなら何も思わないが…酷く苛立つ気がした。


「早く…降りな…」


そう、呟くが足は突っ立ったまま動かない。

部屋まで上がって来る事態になれば、どうなるか…嫌でも想像は膨らんだ。


重い足を引き摺る様に、ドアへ向かう。

下の声が微かに聞こえたが、まだ怒気は含んでいない様だと少し安心した。


階段を降りると、残った椅子に座るしかなかった。

残った椅子…父親の横。


椅子を引き、座ると煙草の匂いで眉間に皺が寄った。


「何や、嫌そうやの」


分かっていて顔を近づける。

底を向いて逃げ出したくなるが、膝の上でぎゅっと手を握りしめ耐えた。


「子供は煙草が嫌いやもんな」


そう言いながら新しい煙草に火を付けた。

この新居も早々に黄ばみそうな勢いだ。


「お前は?辞めたんけ?」


母親の前に煙草を置く。


「リビングでは吸わへん」

「ほう」


そう言って鼻で笑う。

どうしてだか、父親は帰って来た。

母親からすると「不倫相手の女」と別れたからだと言う事は明白だったが、それに言及する気は無かった。


一華と和雄は事の成り行きを見守った。

このまま「ここで暮らす」とは聞いていないのが、一筋の光だった。


「ただいま…」


玄関の方で小さい声がした。

亜希が帰って来た。

振り返り見ると「知らない人がいる」と言う顔をして突っ立っていた。


「こんにちは」


おずおずと頭を下げ、挨拶をした。

異様な雰囲気を感じ取ってはいるものの、恐怖に泣いたり叫びはしない。

小学一年生にしては、肝が据わっている。


「覚えとらんわな」


煙草を持った手の肘をテーブルに置いて、白い煙を揺らしながら笑う。


「お父さん?」


じっと父親を見据えて、亜希が言った言葉に、四人が驚いた。

写真も無い。

最後に会ったのは亜希が二か月少しの時。

覚えている訳は無かった。


「何や、分かんのか?」


父親の言葉にじっと立ったまま、答えない。


「勘か?ええ勘しとるんかいな」


煙草を口に咥えると、亜希の頭に手を伸ばした。

しかし、触れる前に避けられ空を掻く。


「宿題あるし、部屋に居る」


そう言って、足早に上がって行った。

唖然とする母親や兄姉を置いて。


「何や気の強そうなガキになったもんやな」


父親はそう言って煙草を消し、次の新しい煙草に火を付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ