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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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転校初日の朝、いつも通り一華は目覚ましを止め、顔を洗いに行く。

そして昨夜セットしていた米が炊けているのを確認すると、鍋に水を張り火にかけた。

水が沸くその間に、トースターに鮭の切れ端を二枚入れつまみを回すと、ボールに卵を割り始める。


以前より一人分多くなった魚の切り身を、一度に焼ける程トースターは大きくなく、グリルを使うのも憚られ、結局二回に分ける事にしたのは玉子焼きを作る為だった。

ジュワッと熱された四角いフライパンに卵が落ちる音がして、いつも通りの朝が来た気になるが、それでも綺麗な台所での料理はワクワクした。


出来上がる頃には一人で起きる様になった亜希が、顔を洗いに洗面台に行く。

祖母が部屋から出なくなって、母親も外出が多くなってから、次第に朝食を作るのが一華の仕事になった。


トントントン。食器をテーブルに置き並べると、洗面所から出て来た亜希が米をよそった。

母、兄と座った前に置いて行く。

そして、一華と自分の分を置くと、箸を引き出しから人数分取り出した。


「いただきます」


一華と亜希は手を合わせて食べ始める。

その前に食べていた母と兄は、何も言わず無言だった。


「お兄ちゃんもいただきます言いなよ」


亜希が兄を嗜めた。

一華はちらと和雄の顔色を伺う。

お兄ちゃんと呼べるくらいになったが、どうも昔が拭い去れない。

亜希は兄を知らないか言えるのだと思い、その言葉にキレないかとビクビクした。


「…」


兄は無言で返し、亜希は諦めた様にため息を吐いた。

諦めが速いのは、母親が同席しているからに他ならない。


何度も言ったら母親に殴られる。


それを二人は知って居た。

場所や人数が変わっても、そこは変わらない。


歯を磨き服を着替え、学校に行く準備をする。

少し前に出る母は、もう玄関の前に居た。


「一華、帰ったら洗濯な」

「はい」


短い会話をし、出て行く母親はヒールの音を鳴らしながら遠ざかって行った。


「ほら、亜希早く準備して」


出る時間が迫って来る。同じ小学校に行く姉妹。

一緒に職員室へ来るように言われていた。


遅刻したくない。

前の小学校は厳しかった。

一分でも遅刻すると怒鳴られ、廊下に立たされた。

転校初日、そんな事はごめんだ。


「早く!!」


靴を履く妹を急かす。

兄はもう出ていた。鍵を閉めるのは一華だ。


「ちゃんとして!」


亜希の鞄をグイっと肩に押し上げ、玄関の鍵を駆けると走り出した。

以前より遠くなった小学校の道を、覚えているが不安でもある。

速めに着く事に越したことはない。


道端にある石や、木の葉っぱ。

それに着いている虫や狙っている鳥達に気が向き足が止まる妹を、必死で学校まで連れていく。

何度か失敗して、亜希の手元にはいつの間にか緑の葉っぱが握られていた。


「失礼します」


職員室のドアを開けると、教師たちが一斉に二人を見た。

前の学校の比ではない人数に、気後れするが亜希は一華の横から顔を部屋に突っ込む。


「宮木さんだね」


優しそうな男の先生が声をかけて来た。


「初めまして。この学校の教頭です」


眼鏡の奥の目が、とても優しいと一華は思った。


「田辺先生のクラスと、小山先生のクラスですね」


教頭の声に二人が手を挙げるが、小山の視線は頻りに時計と二人を行ったり来たりする。


「少し時間が速いので…こちらで座っていて貰いましょうか」


奥に続く部屋から、白い髪の男が重そうな体を揺らして手招きしていた。

亜希が笑顔で走っていくと、手に有る葉っぱを見せながら中へ入って行った。

一華もそれに続いて部屋に入ると、まず視線を奪ったのはガラスケースに入っていた色々な物だった。


高そうな椅子とソファが、部屋の中央に有る。

その窓際に大きな机と立派な椅子が置かれていた。

ここは校長室だった。


「校長の市橋と言います」

「宮木一華です」

「亜希です」


亜希の元気の良さに微笑むと、二人にソファを勧める。

そして「先生たちのお話合い」が有るからと出て行った。


「お姉ちゃん。…ここ優しそうな先生が多いね」

「そうね」


一華は少し緊張が解けた気がした。

周りには珍しい物が在ったけれど、それを触る事はしない。

亜希も立ち上がらず大人しく座っている事にホッと息を吐いた。


「どっちがせんせかな?」

「亜希の先生は多分小山先生の方」

「小山先生?」

「うん、女の先生」

「ふーん…」


一華は男の先生。田辺先生だ。

二人とも母親や父親よりも歳が上に見えたが、何となく亜希の方の先生が「微妙だな」と感じた。

だから、一華は自分の担当が逞しそうで優しそうな先生だった事に心底「良かった」と思えた。


「お姉ちゃんの先生の方が良い先生ぽい…」


ちょっとむすっとしている亜希に、そんな事は無いと返す。

そこに慰めや取成す気持ちは一切ない。


それを感じ取った亜希の、じっと一華の顔を見る視線から目を反らした。

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