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箪笥を空にし、少しばかりの本を整理し始める。
宗教だのなんだのの本しかない。
教養の欠片さえも思わせない品揃えに、亜希がため息を吐いたのが聞こえた。
「面白くない」
一華とは違い、絵本ではない字だけが書かれた物語を好む亜希だが、ここに有るのは物語ではない本だ。
それに漢字も多い。
「まぁ、そうだろうな」と思いながら、一冊一冊パラパラと捲り、中の状態や挟んであるものが無いか確認していく。
駄目な物は捨てて、大丈夫な物は売る為だ。
本の中にお金が挟まっている時もある。
「何これ」
亜希が一枚の写真を持っていた。
祖母と亜希と一華の映った写真だった。
懐かしいと共に、あの時殴られた痛みを思い出す。
「はい」
写真を亜希は一華へ差し出した。
「お姉ちゃんの写真」
祖母が撮らなくなってから、写真と言えば園での写真か小学校での写真しかない。
数少ない写真だが、姉が映っている物は全て姉の物。
自分の物は自分だけが映っている物か、許された物だけ。
そう亜希は思っていた。
「ん」
受け取らずにいると、もう一歩近づいて差し出してきた。
手を伸ばし受け取ると、亜希はまた作業に戻る。
手の中の写真の祖母は、棺に居た祖母よりも顔色も良かったし、見慣れた表情で…笑っていた。
不安げな顔で亜希を抱えて居る自分が、妙に笑えた。
「そりゃ…バレるわ…」
こんな不安げにしてたら、亜希の新生児用の服を汚した事なんて。そう、思ったのも束の間、足が痺れて痛かった事も思い出した。
良い思い出とは言い難い写真。
手の中で握りつぶそうとして…止めた。
祖母が映っている写真はこれと遺影くらいだと、思い直した。
「…」
ポケットに入れて、また本をパラパラと捲る。
お金は入って居なかったし、面白い物も結局は無かった。
「これ、売れんのかな」
「さあ。売れるんちゃう?」
何冊かの本を避けて、綺麗な本が十冊あるかないかだった。
「お母さんに終わったって言うて来な…」
一華は立ち上がり、亜希を一人部屋に残して台所へ向かった。
二人で詰めた袋を玄関の靴箱の横へ運び、本を居間の端へ並べるとお腹がすいて来る。
式場で食べた料理は、初めての豪華さと美味しさだったなと改めて思うが、今日の晩御飯はいつも通り質素だ。
兄が久しぶりに帰って来たからと言って、何か変わる訳でもない。
いつも通り四人で食卓を囲む。
祖母の代わりに兄が加わっただけの。
血が繋がった四人の食卓は、暗く寂しい物だった。
母親はもとより口数が少なく、日頃からその日あった事等姉妹も話す事など無かった。
兄に対しても、どう会話をするべきか分からないのもある。
テレビの音だけ流れるのが、日常だ。
「変わらない…な…」
隣に座る兄が、辛うじて一華に聞こえるくらいの声でぽそっと零した。
母親は疲れきって居るのか、無反応で黙々と食べている。
今後の事を考えていたのかもは知れないが、一華には分からなかった。
小学生の間、ずっと家と施設を行ったり来たりしていた兄も、この家が変わる訳がない事を理解している筈だったが、自分が居ない間に少しずつでも変わっているのではないか。と、期待の様な物を持っていたらしかった。
「変わる訳ないやん…」
ぽそっと返事をした。
そやな。と、兄が返した気がした。
「後はお母さんがやるし」
母親が祖母の部屋にこもると、兄妹達は就寝の準備に入る。
後一週間で夏休み。
兄はこのまま家に居るのだろう。
隣の部屋に一人、布団を敷く兄の見えぬ姿を気配として感じながら、自分と母親の布団を敷いた。
亜希は母親を挟んで反対に自分の布団を並べている。
タオルケットを腹に乗せ、扇風機を付けると目を瞑った。
「おやすみ」
亜希の声がした。
「おやすみ」
それに答える。が、眠れず。
下から時折聞こえる物音に、耳を澄ませた。
襖が不意に開けられるような感じがして、目を開けたが錯覚だったと分かり一華は寝返りを打った。
布団一枚隔てた向こうに、亜希の後頭部が見えた。
「男の子みたい…」
昔見た兄の頭に似ていると思う。
長さは短いとは言えど兄よりは長い。
それに髪質もサラサラとしている。
手を伸ばし、指先で髪の毛を少し触る。
猫毛といつも言われ、園の先生からは良く撫でられると言う。
色も少し薄く、茶色がかっているのが羨ましかった。
部屋の掃除をする時にも、亜希の髪の毛だけがそれと分かる。
細い柔らかな髪の毛。
それを「駄目な髪」として母や祖母は嫌った。
その為、何度もバリカンで刈られ…ここまでようやく伸びた。
後頭部の旋毛の他に…前にある旋毛が前髪を自然に上げて、漫画やアニメで見るような風になっているのも羨ましい。
後頭部の下、襟から見える首の、肌の白さも…一華より白い。
熱を出すと赤くなるのがよくわかり、すぐに気が付いてもらえる事も…。
妬ましい。
だから…叩いてしまう。
自分の物にならないから破壊したい。
一華の中身も、あの頃から何も変わっては居なかった。




