31
夏にしては肌寒く、雨が降りしきる中、黒いワンピースを着た少女がしゃがみ込み、傘を持っていない方の手で土をいじっていた。
「亜希」
少女に声をかけると、無言で立ち上がりこちらへ歩いて来た。
「何やってんの。おばあちゃんのお葬式、始まんで」
一華が小学校四年になり、亜希が小学校に上がった年の夏、祖母が死んだ。
母親が喪主を務め、それに参列する一華はうろちょろと何処かへ行く亜希の手を握った。
無表情のまま、引っ張られるがままの妹と二人、部屋に入ると周りには数人の親戚が居るだけで、祖母の友人達という者は無かった。
父親が…本当の所は不倫相手の家に転がり込んだだけだが、失踪と言う名の不名誉を成し、噂は人々の耳に流れ離れていったのもあるが、気弱でありながら卑怯な所がある祖母に友人は少なかった。
そして、夫の不祥事で親戚の間、肩身の狭い思いをしていながら、義母を看取った母を誰も労いはしない。
伯父夫婦の姿も見なかった。
母親はチラリと二人を見たが何も言わず、忙しなく動いていた。
本来ならば実子である義兄が義母の喪主であるはずだが、約六年前のあの騒動の時から絶縁している。
理由は児童相談所へ通報したのが伯父夫婦で在り、それに対して祖母が激怒したからだった。
伯父夫婦も説得は無理だと考えたのか、ただ諦めたのか。
「自分は子供達を守る」と言って去って行った。
一華は祖母が何をしていたのか、今では薄々分かっているし、通報されても仕方がない行いだったと思っている。
家庭環境も最悪だった。
あれが宮木家の子供達にとって助けになったかと言えばそんな訳はなく、父親は帰らず、母親は仕事と居なくなった夫の代わりになる依存先を求め、ふらふらとした挙句子供達を放置した。
時には暴力も…虐待に当たる行為もあったが「躾け」と言う言葉を真に受けている大人達に、一華達が保護される事は無かった。
繋いだ二人の手には「躾け」の跡がある。
火傷の水ぶくれがそのままの形で。
それは一生、消える事は無い。
兄は攻撃性や加害性を指摘され、家族とは違う「施設」での生活を余儀なくされた。
進言をしたのは和雄の副担当である黒崎だった。
「大人しい」と言っていたその口で「キレるきっかけがあれば何をするか分からない」と言ってのけた。
一華にした事も相まって、それは大人にとって都合のいい「証拠」になった。
園長の押しもあったのかも知れない。
思いの外容易く、彼は施設に入れられ生活をしている。
年に一度か二度、帰宅するが一華も亜希も帰って来た兄に対してどう対応して良いかいつも悩む。
そして、今日。
祖母の葬式と言う事もあり兄が一時帰宅する。
出迎えをする暇もない母親が、時折時計を気にしては小走りで動き回っていた。
「…お母さん忙しいから、じっとしてて」
一華の声に反応を示さない亜希に、苛立ちを感じ一華は彼女を叩いた。
「聞いてる?」
叩かれた箇所を手で押さえ、亜希は頷いた。
ハイハイから掴み立ちを経て歩きだしてから、三歳しか変わらないと言うのにほぼ一華が面倒を見ていた所為か、最初に見た動く者を「親」だと思うひな鳥の様に亜希は一華に引っ付いていたが…。
幾度と叩かれている内に、亜希の顔から表情は消えた。
叩かないでおこうと思えば思う程、手が出てしまう。
後悔もするが、如何せん一華もそうやって育てられているのでどうしようも無かった。
ただ、父親の様にやり過ぎはしない。
兄と同じ所へ送られるのは嫌だったからだ。
そんな、祖母譲りの姑息さと父親譲りの加虐性は一華の中に流れながら、母親譲りの整った顔立ちで隠され、学校では「人気者」の振る舞いをしていた。
なので「施設送り」は彼女のプライドが許さなかった。
「言いう事、聞いて」
女王に付き従う従者の様に、反抗する事は許されない。
亜希は言われた通りに、椅子に座り前を向いた。
その横に一華が座ると、部屋のドアが開き、少し肩を濡らした和雄が入って来た。
前に見た時より身長が伸びていた。
髪も丸刈りになり球児のような風貌だが、それは施設の規則にのっとった髪型だった。
「…」
お互い目が合うが、一言も交わさずに二人から離れた椅子へ和雄は座った。
内心一華はほっとしたが、亜希が立ち上がり兄の方へ行こうとする。
「亜希」
手を掴み引き留めるが、そんな一華を一瞥して亜希は和雄の方へ歩いて行った。
二人で何を話しているのか。
一華は気になったが、自分から側へ行く事はしなかった。
亜希を兄に任せ、自分は母親の手伝いに行く事にし立つと、ひそひそと親戚たちが耳打ちし合っているのが見えた。
そこには祖母を悼む人間は誰も居なかった。
なんだか。可哀想だな。
一華は祖母を哀れんだ。
あの騒動以前は、人の繋がりが大事だとかで年賀状はもちろん、季節の節目には挨拶状を出し盆歳暮、品を送って来たのが…今じゃ後ろ指を差されている。
「でも…仕方ないよね?」
棺の窓から見える祖母の顔は化粧が施され、馴染みのある顔とはあまりにも違って見えた。




