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和雄は父親から離され、黒崎と共に一度クラスに戻り、父親と母親は家に帰った後、園長と斉木は園長室に来た。
父親を止め、和雄を離していた二人の職員は別室で日高と大島に話を聞いている。
斉木は以前にも近所の通報で宮木家に行ったが、その時は母親と祖母に追い返された事。そして、今回は親戚からの通報で調査が行われる事になったと、園長に告げた。
「そうですか…」
「虐待についてはご存じでしたか?」
目の前の職員に今日の出来事を話したが、虐待については分からなかった。
しかし、十中八九虐待はあるだろうと、園長は思えた。
階段から落ちたとよく聞く事や、服の汚れでネグレクトの疑いは有ると伝えるが、終始表情の変わらない目の前の斉木に本当に通じてるのか不安になる。
「あの、一時保護は…?」
「まだ何とも。まずは調査なので」
「…子供たちは…」
「祖母が一緒に住んでいるそうですが、そちらは?」
園長の聞きたい事は明言を避け、聞きたい事だけは聞いて来る。
聞く事だけに答えろと言っているかの様な態度だったが、園長はそれを受け入れた。
「おばあ様にはお会いした事はありません」
「何か聞いた事は?」
「何か…とは?」
「何か。です」
「…ありません」
何が聞きたいのだろうか。
園長は訝しむが、頻りに両親よりも祖母の事を聞く斉木に、自分の知る事以外は言い様もない。
「詳しくは日高先生か大島先生にお聞きください」
「ええ、後で情報共有しておきます」
へにゃと笑う斉木を、園長は苦手だなと思った。
思惑が何かが分からない人間…真摯に向き合うならばまだしも、頼りなさが癪に障る。
コンコン
園長室のドアがノックされた。
返事をすると日高と大島に話を聞いていた職員二人が入って来た。
「斉木さん、終わりました」
そうか。と、斉木は立ち上がり園長に礼をした。
「今日はこれで…」
「左様ですか」
園長も立ち上がり、三人を玄関口まで見送る。
「また、何かあれば伺います」
斉木と三人は再度頭を下げた。
「分かりました。その時はご連絡ください」と、園長もそれに答えると、去っていく後姿を見送る。
「はぁ…」
園長の口から、ため息が漏れた。
その日の夕方、いつもよりも早い時間に和雄と一華を迎えに来た母親は、重苦しい空気を持っていた。
一華はショックで口を開かず、和雄は帰った後の恐怖で口を閉じている。
「気を…付けてね…」
暗い三人を見送る日高は、その一言しか声をかける事が出来なかった。
「明日…どうなんでしょうね」
「…」
大島は無言の日高を見た。
主導権を子供に渡してしまう未熟な保育士。
だが、子供の気持ちに寄り添える事は強みでもある。
今日の事で日高だけでなくクラスの園児達も、元気がない。
「…明日になれば…大丈夫ですよ」
どうなのかは分からないまでも、慰めの言葉をかける。
「大丈夫なら…良いんですが」
気弱な声を出す日高の背を、ぽんと叩くと「大丈夫。皆も元気になります」と、出来る限りの明るさで声を出し、笑顔を作った。
それにつられて日高も笑う。
「せんせーさようならー」
違うクラスの子達は、朗らかに笑いながら楽し気に帰っていく。
「はい、さようなら」
愁いなど何も無くいつも通りの様なフリをする。
可愛らしい子供達。
優しく暖かな親の元に帰れる子供。
仕事帰りの疲れた顔で迎えに来る親も、子供に会えば笑みがこぼれている。
帰れば暖かな家で、美味しいご飯を食べて温もり眠るはずだ。
普通なら。
「普通…なら…」
逆光でも笑っているのが分かる子供達を眺めながら、目に一杯の涙を溜めた一華や怯えた和雄の顔を思い出した。
そして、自分達の目の前で怒鳴り声をあげた父親と、殴られて自分の前を横切り勢いよく観葉植物にぶつかる母親を。
日高にとって親とは優しい者だった。
自分の父親が母親に声を荒げ、暴力を振るうのを見た事も無い。
日常的にアレを二人は見ているかも知れない。
そう思うと日高は自分が無力なのを嘆きたくなった。
今、誰も居ない所へ走り、泣き叫び許しを請いたくなった。
「助けられなくてごめんなさい」と。




