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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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父親の後ろにはもちろん母親もいたが、和雄は父親に怯えているのが、目に見えて分かった。


日高はチラリと黒崎に視線を送った後、自分を上から下まで値踏みする様に見る父親に、気持ち悪さを感じた。

女、だからと下に見ている様な態度なのは良くある事だ。

見下された目をされないのは、この園では園長くらいなもので、ほぼ「女性保育士」は不躾な視線に晒される。特に日高の様な若い保育士は…。


一華の父親の視線が顔と胸を行ったり来たりする。

それも、良くある事。

下卑た笑みが顔に浮かんでいるが、園長が怪訝な顔をするだけで、誰も指摘はしない。


「お呼びだてして申し訳ありません」


園長がもう一度頭を下げた。

それに連動する形で、日高と黒崎も頭を下げる。


「今日の…」

「和雄がご迷惑をお掛けし、申し訳ない」


園長が説明をと口を動かした瞬間、言葉を遮る様に父親が口を出す。

眉間に微かに皺を寄せたが、園長は話し始めた保護者に発言権を譲ると、会話の流れを止めぬ様、真っ直ぐ彼に向き合った。


保育士達の間を通り、ツカツカと和雄の横へ立つと彼の頭を掴み下げた。


「ほら、和雄も謝りなさい」

「ごめんなさい」


無理矢理頭を下げさせられている和雄と、その父親にそう言う事では無い。と諭そうとしたが、父親はへこへこと保育士達にも頭を下げる。


こういうタイプは話が通じない。


園長の顔に少し諦めが浮かんだ。

本人は「良い父親である自分」という外面の良さを発揮しているつもりだったが、園長に通じる訳もなく、ただ「そういう奴だ」と知れるだけ。

しかし、それが一番対応するのに難しい。


何を言っても通じない。

諭そうが怒ろうが、響かない。

肝心の話にすら踏み込めない。


しかも、無理矢理踏み込んだ途端、下手をすれば加害者が園になり、一華だけでなく兄も…「宮木家」が被害者であると主張される危険性が、園長には見えた。

そして、その後ろに立つ母親の顔にある無関心さ。


親が色々の…元凶か。


そう、思い目の前にいる和雄を見た。

三月には卒園する男児。

このまま卒園させては良くない。と、思う。


「こちらに謝られ無いでください」

「と、言いますと?」

「私達では無く、傷付いたのは一華さんです」


それを聞くなり、父親の顔に余裕が出た。

和雄に破壊されたのが園の物で、弁償を切り出されると思っていたのが、破壊された物は一華の物だ…と、分かった瞬間だった。


「そうですか。では、家でゆっくり話します」


早々に帰る気になり、話を切り上げ様としてくる父親に、やはり話にはならなさそうだと痛感して溜息が出そうになるが、堪えた。


「な?和雄」


青い顔をした子供は、今にも気絶しそうな気配だった。


「あ…」


母親がやっと机の上のクレヨンに気が付き声を漏らした。


「クリスマスの…」

「クリスマス?」


怪訝な父親の声が母親の声を受けて、部屋に響く。


「どういう事だ?」

「お義母さんが一華にはって言うから…買った…」


自分の子供がサンタを信じている年齢にも関わらず、目の前でサンタの正体が分かる事を話し始めた二人を、驚愕の顔で園長と日高は見た。


「え?…サンタさんの…」


和雄も呆気に取られていたが、理解してしまう。

一華の貰ったプレゼントはサンタではなく、母親が用意し置いたのだと。


「じゃぁ…僕のも…」


和雄の振るえる声は、椅子が倒れる音でかき消された。

殴られ倒れた母親は、足に引っかかった椅子を床に打ち付けながら、日高の前を通り壁側に置かれた観葉植物の鉢に激突し止まった。


「お前!何勝手な事しとんじゃ!」


父親が怒鳴る。

日高は息を飲んで硬直し、黒崎は顔を背けたが、園長だけは母親の元へ走り助け起こした。


「何をされるんですか!」


園長の声が緊迫した空気をさらに強めた。


「だ…大丈夫です…」


園長の手を離しながら、母親は立ち上がった。

廊下から園長室へ向かう幾人かの足音が聞こえ、父親はバツの悪そうな顔をしたが、引き留める園長の声を無視し、和雄の手を引きドアへ向かおうとする。


「帰るで」

「まだ話は…」

「すんませんな、後は家で話しますんで」


強引にドアを開け、駆け付けた保育士達を押し退けて父親は和雄と共に園長室を出た。

残された母親はよろけながら後を追い、その後ろを園長は追った。


「お待ちくださ…」


園長は玄関口の前に、誰かが立ち塞がるのを見た。

保育士ではない。

スーツ姿の男二人が父親を止め、和雄から手を離させている。

廊下に立つ皆が眺める中、三人目の男が押さえられた父親の横から進み出た。


「すみません。園長はどちらに…?」


優し気ながら、他の二人とも劣らない背の高い男性が問う。


「私ですが」


園長も姿勢を正し答えた。


「あ、児童相談所の斉木と言います。お話を聞こうとお伺いしたのですが…」


そう言い斉木はちらっと父親と頬が赤い母親、そして和雄に視線をやる。

そして「お取込み中でしたか…ね?」とへにゃっと笑った。

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