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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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「これは…」


どういう事ですかと言いかけて、愚問だと思う。

やった犯人は兄の和雄。

それは園長含め保育士達は理解している。

「家庭内の事」と割り切り、今日はクレヨンを貸し出して家で話をしてもらって終わってもいい話だったが、書かれている事が問題だ。


「どこでそんな言葉を覚えたか」


園ならば指導するべきだと、園長は考えている。

面倒臭い事や保護者からの文句を嫌がりはするし、子供の事を考えているのか定かではない時もあるが「生き死」の言葉に対しては敏感で、罵倒する言葉が園児の口から出る事を酷く嫌った。

なので、保育士だろうが園児だろうが…保護者であっても、冗談でも許さない。


「兄である貴方が、一華さんのクレヨンをこんな風にしたのは分かっています」


園長の机の前に和雄一人、立たされる。

その後ろに日高と黒崎は立った。


「何故したのかは…聞いても理解できないでしょう。あなたの気持ちはあなたの物です」


ですが、と園長は和雄を真っ直ぐ見据え続けた。


「この言葉がどれほど人を傷付けるのか、あなたは分かりませんか?」


ぐっと、和雄が口を引き締めた。


「そしてこの行動が、どれほど酷い事なのか」


机上のクレヨンを並べ、一本一本目の前に置いて行く。

大島が直した物も直されていない物も。

そして、グチャグチャの上蓋と仕切り…底。


「ごめんなさい」

「私に謝っても意味はありません」


謝れば済むと思う子供が多くなっていると、愚痴る園長の言葉を日高は思い出した。

それは、良くない傾向です。と。


「謝っても、元に戻る事はありません」


一華の反抗を伝えた時は「穏便に」としか言わなかった園長は、別人の様に和雄を諭そうとしていた。

相手が「宮木」の…邪魔くさい保護者の子供なのに。


「やった事も、壊れた物も。無かった事にはならないし、壊れたままです」


もしかしたら、誤解していたのではないか。と、ふと日高は思う。

園長の良くない話は本人と対峙して感じた事でも、聞いた事ではない。

全て「他の誰か」から聞いた「噂」だった。


「もちろん、傷付いた一華さんの心も」


和雄は泣き始めるが、反省しての涙ではないのが分かる。

彼は親を怖がっているだけだ。


「どこで、こんな言葉を?」


口を開きかけた和雄は、何も言わず閉じた。


「園のお友達ですか?」


黙って首を振る。


「親戚やご家族ですか?」


黙って首を振る。


「では、どこで誰に聞いたか、教えてくれますか?」


優しいながらも厳しい声は、室内に響いても和雄には響かないのか、口を閉ざしたまま目は足元に集中している。

ため息を付く園長の顔は悲しげでもあった。


「どうした…ものでしょうね」


深く腰掛け天井に視線をやった後、日高に顔を向けた。


「一華さんの様子は?」

「あ、はい。ショックを受けていて…凄く泣いていましたが、今は泣き疲れて眠っています」

「そう。彼女には誰かが自分の物を破壊した。…だけですか?」

「多分。壊れていたショックが大きすぎてわかって居ないと思います」

「でも、落ち着いたら…分かりますね」


園長の言葉にビクッと肩を揺らす。


和雄はバレないとでも思っていたのだろうか。

子供でも、分かるだろうに…。

しかし…。


ちらっと隣に立つ黒崎を見た。


何故、担当の畑先生ではなく、副担当の黒崎先生がここに?


視線に気が付いたのか黒崎と目が合う。

笑みは浮かべなかったが、気が緩むのを感じた。


「黒崎先生から見て、和雄さんはどうです?」


園長の声が飛んできた。


「確か、畑先生より言う事を聞くとか」

「いえ、そこまでは…。いつもは大人しい子です」


こんな事をする子だとは…。と、言葉を濁す。


「こう言った言葉を使う事は?」

「もちろんありません。クラスの子達もありません」


年長で言葉の選別を間違ったまま、来年卒園させる訳にはいかない。

園長は黒崎に今後もクラスの子の言動に注意する様言い渡す。


「本当に…どこで覚えるのか。いつも問題ですね」


視線を和雄に向けると、彼はちらっと黒崎を見て目を伏せた。

仲の良かった副担当との今後を考えているのだろうかと、日高は考えた。


もしも、仲の良い目をかけていた園児が、こんな事をする子だと分かれば、自分は今までと同様に…同じように接する自信があるのか…無いな。無理だ。厳しい目で見てしまう。

彼は…どうなのだろう。顔には出さないが、やはり無理なのだろうか。


コンコン


園長室のドアがノックされた。


「すみません。和雄さんの保護者の…宮木さんが来られました」


ドアの外で、案内をしてきた保育士が声をかける。


「どうぞ」


ドアが開かれ、大人が二人入ってくる。


「お待ちしておりました」


園長が立ち上がり深々とお辞儀をする相手を見て、和雄の震えが酷くなり、後退る。

重いはずの園長の机が、ゴツッと言う音共に少し動いた。


「いえ、こちらこそ…」


入って来たのは母親では無く、父親だった。

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