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園に着くと一華はお絵かきの時間が楽しみだった。
全色が揃ったクレヨン。それも新品の。
初めて、青や赤のクレヨンが手に入ったのだ。
何を描こうか。
それだけが頭に在った。
朝、起きた時も、顔を洗って歯を磨いている時も、家を出る時も、母親の運転する自転車で冷たい風に吹かれている時も、保育士達に挨拶をし、鞄を荷物置きに置く時にも。
夜寝る前、朝起きてから、鞄を肩にかける瞬間、そして…この置く時までも、鞄の中にちゃんとあるクレヨンの箱を見てはニマニマと笑顔をかみ殺しながらも、抑え切れずにいた。
「一華ちゃんなんだかうれしそうね」
隣に鞄を置く女の子が声をかけて来た。
それぐらい、表に出ている。
クリスマスに貰ってから一度も使っていない。
母親が新しく使うのは園で。と言ったから、ずっと我慢して今まで使っていたあの、ちびたクレヨンをずっと使って来た。
指でこすりつける様にしか描けなくても、新しい物は使わなかった。
「はーい、お絵かきの時間ですよ」
一斉に紙が配られ、鞄から皆がクレヨンを出す。
家にある子は荷物置きの引き出しから、各々が持って来る。
一華もワクワクしながら鞄からクレヨンを出した。
何か、おかしい。
鞄に入れた昨日の昼とは違う音がした。
カラカラ…
微かに中で動く音がする。
まさか、鞄の中で動いて割れたのか。そう思い、急いで机に戻り箱を開けると…。
新しいクレヨンは見る影もなくグチャグチャになっていた。
全てが折れ、ちぐはぐに入れられている。
蓋の内側にはグリグリと塗りたくった跡があり、それがクレヨンの下の方に続いている。
一華は胸が抉られる様に痛んだ。
楽しみにしていたクレヨンは、誰かの手によって蓋や底を悪戯するのに使われ、全て短く折られている。
「う…うえぇえええ…」
大粒の涙が一華の目から溢れた。
何事かと保育士も園児達も一華を見る。
一華の手元にある箱は、一見して外側は綺麗なクレヨンの箱に思えた。
「どうしたの…い…」
中を見て保育士は言葉を失った。
外側とは反対に、中は酷い状態で、どう見ても自然になった様には見えなかった。
「クリ…クリスマズに…貰…あ、新しい…やつ…なの…にぃ」
嗚咽を漏らしながら訴える一華の顔を見て、同調し泣く子が出てくる。
あまりにも幼児に対して、酷い仕打ちを誰がしたのか。
保育士達も騒然とした。
楽しみにしていた一華は、より衝撃を受け傷付き泣いたのだろうと、大人でさえ胸が痛む。
「一華ちゃん…」
泣き崩れる一華を日高は抱きしめ、それに応える様に一華もエプロンを握りしめた。
縋りつき泣く子の頭を撫でる。
こんな時にかける声をすぐに出せる程、経験がない若い保育士は落ち着くまで撫で続けるしかなかった。
一緒に居た副担当の大島は他の子を泣き止ませ、席に着かせると一華の手から箱を離し、バラバラになったクレヨンを一つずつ同じ色を割れた所でくっつけ、外から色紙で巻いて直していく。
新品よりは短くなるが、使えるだろうと思ったのだ。
クレヨンの並ぶ神の仕切りの下に、蓋の線が続いて居るのに気が付き、色紙でも貼れば綺麗に見えるだろうと、仕切りを出した瞬間、ぎょっとした。
「せんせー、一華ちゃんの…直る?」
保育士用の机の上での作業を、園児達がつま先立ちしながら見ようとする。
保育士は思わず、蓋を閉めた。
誰にも仕切りの下を見られない様に。
「うん。大丈夫だよー。皆はお絵かきしていてね」
「はーい」
机から離れた所で一華を慰める日高に、視線が行ってしまい目が合ってしまいサッと目を反らした。
これは…そのまま直す訳にはいかない気がする。
大島は全ての直しかけのクレヨンを一度戻し、それを持って園長室へ報告へ行く。
数分後、女性保育士が来たのと交代に日高は園長室に呼ばれた。
一華は泣き疲れたのかウトウトしていたので、代わりに女性保育士が抱えた。
日高が園長室に行くと、部屋の前に黒崎が立っており、青い顔をした和雄がその横にいた。
ガッチリと肩を掴まれて立っているその様子に、日高は全てがわかった気がした。
一華の新しいクレヨンを無残な形にしたのは、あの様子を見ると園の子では無理だ。
ならば…兄妹である和雄しかいない。
家で、離れた隙にやったのだろうと、想像がつく。
「あ、日高先生」
黒崎が気付き顔を向けた。
一華に引っ張られ、同じようにショックを受けている日高は軽く会釈した。
「どうも…」
元気のない日高の様子に、黒崎の手の力が入り、和雄の顔が引きつった。
「失礼します」
「あぁ、日高先生。それに黒崎先生」
ドアを開けた先で、園長が頭を押さえている。
その目の前には、箱から出されたクレヨンと仕切りがあった。
「親御さんには先程連絡をしました」
園長が自席に座るとため息を付いた。
「家族間での事ですが…これも直す前に見ていただかないと…」
大島も園長も暗い顔をしている。
また、問題が起こったからなのだろうかと、日高は考えたが箱の底を見てなお一層衝撃を受けた。
箱の底には言葉が書かれていた。
「バーカ」
子供がよく使うだろう。
その下に…。
「しね」




