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ひと時の息抜きだった従兄弟の家から、また冷たく寒い自分の家に帰ると、従妹が羨ましいと思う気持ちがどんどんと強くなった。
あの家は暖かかった。あの家は広かった。あの部屋は可愛い物でいっぱいで。あの布団は…ベッドはフワフワだった。あの部屋は…明るかった。
それに比べて…寒く狭く汚く硬く暗い。
一華だけでなく、母親も兄もそう思っているのが彼女にも伝わる。
皆、この家が嫌いだ。
帰った後、すぐさま「呑みが足りない」と出て行った父は、よくも運転出来た物だと思える足取りで玄関を開けた。
従兄弟の家からの帰路で、トラックに当たりかけ罵詈雑言を掛け合ったのも忘れたのか、車の出る音がする。
「死んでまえ」
兄の微かな声が聞こえた。
それに反応したのを、気付いた和雄に「チクったら殺すぞ」と睨まれる。
「チクったら」どう言う意味か分からないまま、一華は黙って頷いた。
従兄弟の家に居た時の兄は、昔に戻った様な顔をしていたのに…。と、家に戻った怖い兄を見て思う。
あのまま、あの家に住む事は出来ないのか…クリスマスに願うべき事はそれだったのじゃないか。と考えたが、綺麗なドレスを願ってもクレヨンをくれるサンタだ。願いはきちんとは叶わないだろう。
直接サンタさんに渡せれば…。そう思う事もあるが、連絡先はおろか電話のかけ方を知らない一華には無理な話だった。
電話が置かれる音がした。
居間でテレビを見ていた一華達の後ろを通って、母親が二階に上がって行く。
テレビでは芸人と呼ばれる職業の人が、騒がしくギャーギャー言っているだけで面白くなかったが、兄は大笑いしていた。
父親が居ない間に、一日の全ての声を出し切っておこうとしているかのように、面白くない一言や挙動でですら笑う。
祖母は亜希と部屋だった。
「もうちょっと声落とし」
先程より濃いめの化粧をした母が、二階から降りて来た。
緊張をいくらか取り戻した兄が、音量を下げる。
「あんたの声や。何時やと思てんの、煩いで」
兄は頷くと静かにテレビに視線を戻した。
「お義母さん、私、ちょっと出てきますぅ」
祖母の部屋の方へそう声をかけ、返事を待たずに玄関へ小さな鞄を持って向かう。
カッカッと高いヒールの音と香水の匂いを置いて、母親は玄関を出て行った。
「なんや、もう出はたったん」
部屋から出て来た祖母がぼやいたが、母親の姿は最早無い。
「もうすぐしたらあんたらも寝ぇや」
時計は夜の九時を指していた。
一華はパジャマに着替え、兄を下に残し二階に上がる。
寝室にもテレビの音が微かに届き、一人でも眠れる気がした。
「ねぇ…おばあちゃん…どう?」
目を閉じてウトウトした頃だった。耳元で従妹の声がした気がして、起きた。
一緒に部屋で遊んでいる時、言われた言葉が蘇って来る。
「優しいよ?」
「うん、そうなんだけど…」
「?」
「気持ち悪かったこと無い?」
従妹が何を言いたいのか、一華には分からない。
「ないよ」
「本当に?」
「うん」
「写真とか撮られない?」
「写真は撮る」
不意にカメラが向いている事はあるが、いつも記念だ何だと撮るので特別おかしい事ではないと思っていた。
「服…着てる?」
「おばあちゃんは着てる」
一華は着てない時もある。が、祖母は必ず着ていると言うと、従妹は酷く困惑した顔をした。
自分で聞いて来たのに、何故そんな顔をするのかと思うが、目の前の人形を動かすので必死な一華は、質問に全て答えていく。
従妹は紙に拙い字でそれを書いていたが、それにも気が付かずに答え続けた。
あれは、何だったんだろう。
布団をかぶり直し、もう一度目を瞑る。
初夢は憶えていない。が、今夜でも良い夢を見て叶えば良いなと、良い事を想像した。
広い家で、可愛い部屋の…フワフワのベッドで眠る一華。
傍らには欲しかったドレスを着た綺麗な人形。
しかし、夢ですらそれを手に入れる事は無く、もやもやとしたモノを見ていた。
それが兄に変わり、兄が一華に近付いて来る。
痛い事をされる。
そう思って身構えたが、夢の中の兄は暴力を振るわなかった。
ただ、一緒の布団の中に入って来た。
そして、一緒に寝ていた時と同じように、一華の体を羽交い絞めにし、もぞもぞと動く。
寝辛い。
一華は寝返りを打とうとしたが、布団が絡まっているのか思う様に動けなかった。
しかし、朝から神社や従妹の家に行って、運動や興奮をして疲れ切っていたのか、眠気に勝てず、また夢に落ちて行った。
もぞもぞとする感触は、夢の中でも侵入してきた。
嫌だな。と思いながらも、この感触を知って居る気もする。
胴体や足、股の辺りがさわさわとする。
あぁ…父親がしていた。あれだ…。




