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一華は我慢の限界に達し、解いたリボンも破った包装紙も、中から出て来た箱すらも放り出して、一階に駆け下りた。
居間を横切ると父親の怒鳴り声で目が覚め、兄に負けず劣らず大声をあげて泣く妹が祖母に抱かれ、あやされていた。
母親は…台所にいるのだろうか。姿が見えないまま、一華はトイレへ駆け込んだ。
寒さと恐怖とで、身が縮む。
行きたかったトイレの尿意すら、じっと頑張らないと出ないくらいに。
一華は怒鳴り声を聞くと、いつも出そうになる。
行った後でも、漏らしそうになり、何度も行く。
それによって「嘘だ」と我慢させられて、漏らす事でまた怒られる時もあった。
今日、漏らさずに堪えられたのはクリスマスの奇跡かもしれない。と、不意に思う。
「クリスマスには奇跡が起こる」
そんな言葉がよくテレビで流れていた。
実際の所は奇跡でもなんでもなく、ただ間に合っただけだったが、それだけでも一華は怒られずに済んだ。
トイレから出ると、いつも通り顔を洗った。
その後、歯磨きにいつもよりも時間をかける。
父親が出て行くのを待つ為だった。
できれば居間で鉢合わせしたくない。
父親はいつも、一華達とは違い台所で顔を洗う。
母親が沸かしたお湯を「良い温度」にして。
一度、自分もと言ったが「子供は水で洗え」と一蹴された。
顔を洗えば、外に出るだろう。
じっくりと歯を磨く。
今日が休みだから出来る事だった。
母親も洗面所に来なかった。
居間から聞こえていた亜希の泣き声も、祖母の部屋に移動したのだろう…遠くに行った。
コップに水を溜め、濯ぐ。…ゆっくりと…歯の前後に。
ゆっくりすると、ぐちゅぐちゅって言う音がしないんだ…。と、知っても特に役に立たない事を知り、出来るだけ音がしない様に吐き出してみた。
出る時はバシャバシャと音が鳴る。
タオルで顔を拭き、服を着替える為に部屋に戻る為、居間をまた通過しなければならない。
気が重かったがそれより道がないのだから、仕方ない。
意を決して洗面所から出る。
そこに父親は居なかった。
ホッとして二階に上がると、母が兄と父の部屋に居た。
また、怒鳴り声がするのだろうかと、身構えたが…そうでもなく、母親の話す声だけが聞こえた。
「あんた、来年の四月から小学生やで、そんな事で泣いててどないするん」
来年年明け早々に六歳になる和雄は、小学校に上がる。
一華とは別になり、一人で通学する。
その準備の為に、父親が一緒に寝なければ一人になる部屋に移動したのだ。
「一人で学校行かなあかんねんで。お風呂もそやし、一人で寝れなあかん」
「…でも…なんで、なんで…サンタ…中身無い箱くれたん?」
兄の手元には空っぽの箱があった。
おもちゃが入っている包装用の柔らかい箱とは少し違う箱。
一華から見れば強そうな箱ではあったが…どう見ても空っぽ。
それが、和雄が大泣きした原因だった。
「それはお道具箱って言うてな、小学校で使う…ええ箱やねん」
「こんなん…こんなん…」
母親は未だ泣きじゃくる和雄にため息を付き、邪魔くさそうな空気を隠そうとはしなかった。
そして、箱を投げ捨てようとする和雄の手首を掴む。
「あんた、それ壊したら小学校入っても買わへんで」
母親の剣幕に、たじろぎ箱から手を離した。
膝の上に乗った「お道具箱」の上には、涙が落ち、ポコポコとふやけた跡を残した。
「一華も起きたんか」
部屋を覗く一華に気が付いた母親は、声を大きくした。
明らかにその場の空気を変える為の、わざとらしい声だったが、一華もそれにつられ頷き返す。
「一華は何もろたんや?」
本当は分かっている癖に、そ知らぬ振りをしている事を知らない一華は、自分が欲しかった物とは違う事を喉の奥に唾と一緒に流し込み、出来るだけ明るい声で答えた。
「新しい…クレヨン」
「そうかぁ。良かったなぁ」
一華的には何も良くなかったが、満面の笑みで母親が言うので頷く。
「あんた絵、描くの好きやもんな」
「うん」
確かに一華は絵を描きたかったし、全色揃ったクレヨンを持つのは初めてだった。
だが、本当は…。
そんな思いを本当は分かっている母親は、一華の目が赤い事を見て見ぬふりをしたまま、嬉しいやろ?と言いながら階段を下りていき、兄は箱だけしか貰えなかった自分とは違って、全色のクレヨンを得た妹を睨んだ。




