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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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19

機嫌の良い母親を見て、一華はクリスマスプレゼントを願うサンタさんへの手紙を、書き直す必要が無くなったのだと、胸を撫でおろした。

次の日にも、変わらず母親の運転する自転車で園に行き、いつも通りクラスで歌を歌ったり遊ぶ。

健斗は睨む事も何かを言って来る事は無く、近付く事もしなかった。


最初の騒動以前、他の子が一華を避けていても健斗は無邪気に話しかけてくれていた。

が、今度ばかりは修復不可能な関係になってしまった。


一華はそっと視線を向けるが、健斗は見ない。

座る場所も離す事になって、遠くの席に移動した。

新しい席でも健斗は友達と笑っていた。


何だか申し訳ない気持ちにもなるが、キーホルダーの時の様に「新しい同じ物」を買って貰ったに違いないと、一華は考え「なら良いじゃん」と罪悪感を消した。


クリスマスのサンタさんへの手紙は、ちゃんと持って帰ってお母さんに渡して貰おう。


自分の荷物置きの前に立ち、鞄を開けた。

一斉にこちらを向く気配がした。

自分の鞄を握りしめ後ろを振り返ると、健斗を含む何人かの園児…そして二人の保育士が一華を見ていた。


本当は、誰も「一華が盗って居ない」とは信じていない目だった。


自分の持つ手紙が、重く感じた。

これを鞄に入れても良いのか。

人の物を入れていると思われないのか。


空いた鞄には朝、渡し忘れた連絡帳しか入って居ない。

鞄を持ちながら担当保育士の前に行き、鞄から連絡帳を出し渡した。


「忘れて…ました」


じっと見つめる保育士の目が、そんな事を見ていたんじゃないと言っている気がした。


「あ、…そうね。受け取って居なかったわ」


連絡帳を受け取りながら、保育士の目が鞄の中に動く。

空だ。

ホッとした息が漏れ、連絡帳を片手に立つと、もう一人の保育士に目配せして部屋を出た。

二人とも健斗と一華、両方の親が帰った後、園長に二度と問題が起きない様にと叱責を受けた。


「紛失も盗難も有ってはならない事です」


園長の鬼のような剣幕が、脳裏に蘇りそうになる。


「来年度もここに居たいのならば…」


園長のある種の脅しが耳にも残っている。

「ここに」…とは必ずしも園だけの事ではない。

この町に、この地域で生活したいのであれば。と言う意味がそれには含まれていた。


転園した者も転職した者も、全てこの町から出て行った。

それは、地域住民の目と園長の影響力の賜物である。

要するに…居辛くさせて追い出し、残った者を意のままに従わせる独裁。


自分だけであれば、それも良い判断だが…両親や兄弟が居るとなると、歯向かえはしない。

一華の保護者を盾にした脅しよりも、園長の脅しの方が質が悪く尚、恐ろしい。


「宮木一華から目を離さない事」


そう言われ、まだ二年ちょっとある一華の通園が果たして問題なく済むだろうか。

卒園まで何事もなく…。

考えると胃が痛む思いだった。


「サンタにクラス担当替えをお願いしたいわ…」


若い保育士は自分の机の前で、連絡帳を他の子の連絡帳の上に置いて愚痴を吐いた。

園長は今園内の自室である園長室に居る。なので聞かれる心配は無かった。


「宮木一華ですか」


揶揄う様な軽い声が、斜め前の席から来た。


「えぇ。昨日の事で…」


声をかけて来たのは一華の兄、和雄のクラスの副担当だった。

主軸の担当保育士とは違い、サポート位置ではあるが…問題がある家庭の子供を見る「同志」である。


「参りませんか…問題が多くて」


座るつもりが無かった筈の自分の椅子に、若い保育士は座ってしまう。

クラスには自分の代わりの副担当がいる。焦って戻る必要は無かった。


「兄の方は大人しいもんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、言い返しもしません」

「えー、良いですね。こっちなんて…はぁ…」


ため息と共に机にダレた。

その様子を笑いながら「大変ですね」とほほ笑む先輩保育士に、彼女は少なからず好意を持っていた。


二、三歳上の慣れた感じで仕事をする目の前の先輩は、保護者からも信頼が厚く、優しさと清潔感のある風貌で密やかに「恋」めいたモノを持つ保護者も居た。


まぁ、保護者は皆ほぼ全てが既婚者でライバルになり得ないし、他の保育士も自分よりは若い女性が居ないから…大丈夫。

何が大丈夫なのか分からないが、若い保育士はそう考えていた。


左の薬指に指輪も跡も無い。

初めてここに来て自己紹介中にも何度も確かめた。

保育士で指輪をしない人は多い。が、絶対にしない訳では無い。

飾りが無くシンプルな物であれば「結婚指輪」つけても大丈夫なのだ。


「いいですね。先輩の所は平和で…」


机にだらけたままではと、身を起こし一華の連絡帳を見る。

特に何もない。

今日一日の経過を書くにはまだ早いと、閉じ連絡帳の束へ戻した。


「躾けられてない子供も多いですからね。こっちが躾けなきゃいけない子も…まあ居ますよ」


副担当はパソコンをパチパチと打ちながら、器用に返事を返してくれる。

自分ならば、パソコンに集中して返事を返す事は出来ないだろう。

むしろ、今しゃべりかけるな。と思ってしまう。


「先輩って器用ですね」

「ははは。ところで先輩って止めませんか?」


その言葉に彼女はドキッとする。


「え…あ、じゃあ…」


名前で呼んでいいのだろうか?

他の保護者の様に?他の保育士の先輩方の様に?

隆也先生…と?


顔が熱くなる。

パソコンから目を上げた黒崎と目が合った。


「黒崎で良いですよ」


仄かに笑みを浮かべた黒崎に、自分の気持ちを見透かされている気がしたが、そうですねと同意し、ごまかした。


「僕も日高先生と呼んでますし」

「あ、はい。黒崎先生…」


名前で呼ぶには少し道が険しかった。

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