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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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19/75

17

夕方になると、母親は二人を迎えに来た。

しかし、一度家に戻り二人と亜希を祖母に任せると、園に戻って行った。

帰りに担当保育士と園長が母親に話がある、と伝えた為だった。


「あんた…何かしたんか…」


ジロリと睨む母親に、頻りに首を横に振った。

一華の担当保育士が声をかけたのだから、一華の関係と言うのは分かり切っている。


「帰ったら覚えときや」


そう言って、夕食の準備も早々に家を出た。

祖母はチラリと一華を見、母親が帰ったら一華は酷い目に遭うだろう。と、確信をした様にため息を付いた後、夕食の準備を引き継いで進めた。


「また何で一華は…問題ばかり起こすんかね…」


野菜を切る包丁の音と共に、愚痴が居間に流れてくる。

違うよと、言えれば良かったが…一華は問題を起こしているのは事実だった。

それが、今日バレる…それだけだ。


しかし、一華にとってはバレた方が良いのかも知れない。

一粒の小さな「何か」の…切っ掛けが雪の積もった坂道で転がり始め、雪玉が出来、周りにどんどんと雪を付けながら徐々に膨らんでいく様に、不意に外れたあのキーホルダーを持ち帰ってから、一華の精神内に巣くう毒気も、どんどん膨らみつつあった。


今、割ってしまわないと巨大になった雪玉は、自壊するまで止まらない。

そうならない為に…小さな内に、雪玉も毒気も割って消さなければ。

膨らんだ挙句の果てに周りを巻き込み、取り返しのつかない事になってからでは…遅いのだ。


だが、当人の一華はそんな事を一欠片も考えず、ただただバレた後の「自分」を考え、母親が帰って来る時の恐怖に、部屋の隅でガタガタと震えた。


明日から園に行けないかも知れない。

それ程顔が腫れるか、もしくは外に出る事すら許されない、罰が科されるかだと…今日の夜さえも何が起こるか分からず、心が凍えた。


膝を抱える一華の前に、和雄が立った。

顔をあげる事すらしたくない一華は、影を無視した。


「おい」


声にも顔をあげずに居たかった。

しかし、呼ばれてしまえば無視できない。

無視をすれば…後でキツイ体当たりか、痛い小突きが待って居る。


「なに…」

「お前なにしたん」


顔をあげると、目の前に和雄がポケットに手を突っ込んで立っていた。

母親が居れば平手が飛びそうな態度だ。


「…何も」

「嘘つけ、今日凄い声聞こえてたで」


無表情に話す和雄は父親に似て、嫌な気持ちにさせる。


「…本当に…何にも」


ただ…。と今思っている事を兄に告げる。

優しくなくなって…「一華ちゃん」と呼んでくれていた兄ではなくなったが、慰めてくれる事を期待して。


「もしかしたら…もう行けへんかもしれん」

「どこに?」

「園…皆と会えへん様になるかも」


それを聞いた和雄は、深刻な顔をしている一華に反して…笑顔を浮かべた。


「え、俺も?」


いつから一人称が俺になったのか。

この前までは僕、と言っていたはずなのに。


俺と言いだしてからの兄の笑顔を、一華はこの時初めて見た気がした。


「それは…どうかな」

「え?」


兄の笑顔が消え、真顔になった。


「おにいちゃんだけは行くかも」

「なんで?」

「…一華は…怒られて家から出られへん…かも」


いったい、妹は何をしたんだと、和雄は思った。


「ほんま、何したん」


和雄は何をしたか教えて欲しいと言った。

が、一華は本当の事が言えずにいた。


「何もしてない」

「何もしてへんって、それで出れんようなる訳ない」


速く教えろと、目を見開いた異常な空気を纏った兄が、一華に近付いた。


「本当に…何も…」


母親が帰って来るまでは。

本当の事は、言えない。


「ちっ」


兄が舌打ちをした。

父親が気に入らない事があると良くする舌打ちは、聞くとドキッとして怖くて嫌いだった。

それは兄も同じだったはず。なのに、兄が…自分で舌打ちをした。

驚いて目を見張る一華に、和雄は視線を戻すが、自分が舌打ちをした事に気付いていない様だった。


「俺も…行かんで済むと思ったのに…」


ぼそっと言った表情が、優しかった以前の様な顔つきで、一華は目の前の兄に何かが起きたのだと察した。


「おにいちゃんもなんかあったん?」


痛い所を突かれた様に、和雄の体がビクンと跳ねた。


「なんも…」


無い。と言い切る前に一華の前から下がり、居間にある机へ歩いて行った。

その後ろ姿を、一華は追いかける気は無かった。


不意に亜希の泣き声がして、祖母が台所から離れた。


「和雄、ちょっと火見てて」


無言で祖母と立ち替わり、兄が台所へ行く。

一華は亜希のおしめを変える祖母の背中を眺めながら、兄と距離が出来た事にホッとし、母の帰りを恐れ膝を引き寄せる。


サンタさんへの願いの手紙を園に置き忘れた事を思い出し、願いを変えたいと思った。


明日、私が無事でありますように。

それか…世界が消えて居ますように。


と。

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