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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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16

自分が一華に向けて言った言葉を、今度は自分が保育士に投げられ、健斗は泣き声をあげた。

クラス中に響き渡る声で、近くに居た園児達が耳を塞ぐ。


「健斗君」


もう一人の保育士が男の子の手を引いて、少しの間落ち着く為に室外へ出そうとする。

が、その手を叩き、健斗は拒絶した。


「嘘つき!一華の嘘つき!!泥棒!!泥棒!!」


泣き喚き鼻水をあちらこちらに飛ばす。

それを見た子達が、距離を置き始める。


「嘘ついてないもん!」


一華も負けじと叫び返した。

負けたら、また、頬を腫らす事になる。


「一華泥棒じゃないもん!!」

「一華が盗った!!」

「盗ってない!!」


言い合いとは言えない、叫び合いが一層激しくなっていく。

上の階に居るはずの保育士達も、何事かと覗きに降りて来た。

その中に、和雄の担当保育士も居た。


その顔を見て、一華は兄にバレるのを恐れ、その恐怖に涙が出て来た。


「違うもん…盗ってない…もん」


必死に訴えかける。


どうか、兄にバレませんように。

先生が…兄に言いませんように。


思えば思う程、涙は溢れた。

周りからは疑われて、違うのだと無罪を証明したいと願う涙の様に見えただろうが、実際の所はそんな感じだった。


「一緒に遊んでたよ」


女の子が意を決した様に声を発した。


「一華ちゃんと、私…一緒に…」


ぎゅっと服を掴む手が、服に着いた皺の多さが、この大人と子供に囲まれた異様な雰囲気の中、発言する事がどれだけの勇気が要る事かを物語っていた。


「証拠もないんだろ?」


封筒をくれた子が、健斗に問いかけた。


「しょうこ?」

「うん、証拠。盗ったっていう証拠は?」


その言葉に健斗が黙った。


「ないんだろ?」


健斗の目が左右に泳いだ。


「じゃ、一華ちゃんが犯人って言いきれないよ」

「でも…」

「でも、じゃないよ」


言い返されて、健斗が周りを見た。

自分を助けてくれる人は居ないか、今の空気を変える人を…探した。

自分に向けられる、あまり良くない目を、見渡した。


誰も…一華を犯人だと思っていない。


そう思い、自分が酷い事をしている気になり始めた。

それでも…それでも…と、一華以外にあの車のぬいぐるみが鞄にある事を知って居る子は居ない。

自分が外で落とす事も無い。

あの日、鞄を開けたのは園の中だけで…赤い車の下に青い車は在ったのだから。


落ちかけている赤い車を教えてくれた一華が、盗ったなんて本当は思いたくなかった。

涙をぽろぽろと流し、袖で必死に拭いている一華を見ると、嘘をついていない様に思えた。

本当に…自分が外で落としたのか?あの日の帰り道、走って転んだ時があった。


あの時、鞄を持っていた?持って居なかった?持っていて…落とした?…そうかもしれない。


と、健斗の記憶や推測が覆り始めた瞬間、目の端に居る女の子を見た。

キーホルダーを無くしたと、自分の車が無くなる前に言っていた子。


「京香ちゃんのキーホルダーだってなくなったもん」


苦し紛れに言った。


「あれだって…」

「一華ちゃんが盗ったって?」


一気に皆の顔が曇る。

それこそ、証拠も何も無く、保護者が外で落としたと判断して新しい物を買い「終わった話」だった。

保育士にしたら、より蒸し返されたくない話だ。


「いい加減にして」


若い担当保育士が吐き捨てる様に言った。


「そんなに一華ちゃんを犯人に仕立てたいの?」


その言葉に全員の視線が健斗に刺さる。


「あのキーホルダーはどこかで落としたんだよ?」


キーホルダーの持ち主だった女の子が、軽く言い放った言葉が一華を庇う形に成る。

本当を知らない…女の子。


「ほら、一華ちゃんが犯人って証拠は?」


男の子が健斗に詰め寄った。


「酷いよ…健斗君。そんなに…一華の事…嫌い?」


涙を浮かべて、一華が問う。


「あ…あ…そんな…」


上手く言葉が出て来ない健斗は、呻くような声を出してそのまま止まった。

彼に叩かれた保育士が再度、手を握って外に出る様に促した。

健斗は今度は素直に従い、クラスから出て行った。


「はい、皆…ちょっとお絵かきしていてね」


若い担当保育士がそう言うと、一華達の全然知らない保育士が一人その場に残り、和雄のクラス担当や他の保育士達と出て行った。


「一華ちゃん…かな?」


泣いている一華にハンカチを差し出す。


「嫌な思いをしたね。でも、もう大丈夫」


優しく笑いかける女性保育士のハンカチを、一華はぼうっと眺めた。

薄ピンクの綺麗な布に桜の刺繍。


一華が受け取らないのを見て、保育士が彼女の頬に布を当てる。

涙がハンカチに吸い取られていく。

泣いて熱くなった顔が、熱の様に感じた。


「顔赤いね。大丈夫かな…お迎え来てもらう?」


今日は母親が仕事の日。

恐らく途中で帰ると…平手が飛んでくるだろう。

せっかく最近機嫌が良いのだ、それを一華は崩したくは無かった。


「ううん、大丈夫」

「そう?しんどかったら声かけてね」


そう言って保育士は席に誘導した。

自分の席に座った一華は「どうかこの事が母親に知られませんように」と祈り続けた。

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