15
一華の日常に束の間の平穏が訪れた。
母親は訳も分からず怒鳴る事も無く、父親も気持ち悪い事をしなくなった。
二匹の鬼は大人しくなった。と、一華は思えた。
それに小鬼がたまに体当たりや小突いて来るが、親と祖母の前ではしないので逃げる事が出来た。
実際、母親はヒステリックに成らず、父親も母親と秘密の新しい愛人で満足していた。
時折、笑顔に包まれる「家庭」を、その中で赤子を抱きながら、やっと落ち着いた…平穏が来たかの様に、祖母も感じていた。
一華の心の中で小鬼と称される様になった兄だけが、その顔から笑顔を消していたが、誰も気付きはしなかった。
クリスマスが近づいた頃、一華はサンタさんへの手紙を書いた。
園はサンタの話でもちきりで、何を貰うだの起きて顔を見るだの、各自色々と言っては賑わった。
今年こそは…。
一華は綺麗なドレスを願った。
去年と一緒の願いだったが、今回は欲しい物が貰えるのではないか。と、願った。
誕生日は欲しい物が貰えない。皆は貰えるものだと言うが、母親が許さない。
去年はクリスマスも欲しい物が貰えなかった。
サンタへの手紙を母親が書いたから…だから、欲しい物は貰えなかったのかも。そう思い、今年は自分で書く事にした。
拙いひらがなで、時折反転した文字を一生懸命書いていた。
何度も保育士に読めるか確認もした。
「大丈夫、一華ちゃん。きれいなどれすがほしい。ってちゃんと読める」
貼り付けた笑顔も無く、淡々と読んで返す。
保育士の言う通り「す」が裏返っていても、「れ」なのか「ね」なのか分からない字が書かれていても、大人なら予測して読める範囲の字だった。
返された紙を受け取って頷いた一華は、それを綺麗に…出来るだけ綺麗に四つ折りにする。
折り紙ではいつも端がズレるが、この時ばかりは丁寧に、丁寧に折った。
心を込めて綺麗に折ったとサンタに伝われば、欲しい物が貰えると信じて。
「そのまま渡すの?」
同じクラスの子が声をかけてくる。
そのままとはどういう事だろうと、一華は首を傾げた。
「封筒に入れないの?」
「ふうとうって何?
「手紙さんのお家」
その子は親に封筒に入れる事を「手紙さんをお家に」といつも言われていた。
一華はそんな物知らない。
「どんなの?」
「こういう…」
男の子は折り紙を出して器用に四隅を折った。
三角が四つ。真ん中で合わさっている。
「こことここ…あと、ここ」
糊で器用に付けた。
真似をして一華もやっては見たが、糊で端がよれよれのなんとも見窄らしい、封筒とは言えない見目の物が出来上がってしまった。
下唇を噛む一華に、男の子は自分の作った…一華の物よりも少しマシな物を差し出した。
「あげる」
「ありがとう」
受け取ると手紙をその中に入れた。
そして、封をする。
「これでサンタさんが欲しい物をくれる」
手に手紙を握りしめて、嬉しそうに言う一華に鋭い声が飛んできた。
「悪い子にサンタは来ないよ」
声のする方を見ると、睨みつけるような顔で男の子が立っていた。
あの、青い車のぬいぐるみの…持ち主。
「なんでそんな事言うの?一華悪い子じゃないよ…」
内心あの事を言われてると思いながら、言葉を返す。
が、一華は分かっている。自分のした事を。
鼓動が速くなり、耳の奥で鳴る様に大きく聞こえた。
「嘘つき」
「嘘じゃないもん」
「僕のぬいぐるみ、盗ったでしょ」
沈黙が、室内に広がった。
言い合いを始めた二人に、園児達は気が付いていた。
一華は自分の心臓の音が皆に聞こえるのではないか、と思った。
「一華ちゃんと話した後なくなったもん」
男の子の目に涙が浮かぶ。
慌てた保育士が二人の間に入った。
「それは、一華ちゃんじゃないって話になったでしょう?」
「絶対一華ちゃんだもん」
泣く男の子を慰めるが、頑として一華が犯人だと譲らない。
「僕の車、返してよ」
手を出し訴える男の子に、もしもこの事が母親に知られ自分のおもちゃ箱を見られたら…と冷や汗が出る。
「知らない」
「知ってる!見せたでしょ!嘘つき!」
男の子が叫んだ。
「無くなった時、一華ちゃんは離れた所に居たんでしょう?」
保育士が終わった話だと慰める。
園の外で落としたのだと…そうでなければややこしい事になると、嫌気が薄っすらと読み取れた。
保育士の会議でもこの事は上げられ、おもちゃを持ち込む事を禁止する事に決まり、今日男の子はお気に入りのぬいぐるみの一つも持てずに登園した。
それも彼にとって不満だったのだろうが、保育士からしてみれば「そもそも持って来るな」案件だ。
「はぁ…」
大きくため息を保育士は付いた。
無駄な物を持ってきた挙句、無くして、犯人候補がよりによってあの「宮木一華」。
ほとほと嫌気が差してくる。
もし本当に一華が盗っていたなら、クラス担当である自分の責任になり、盗って居なかったら冤罪で…。
一華の母親にこの事が知られたら、何と言われるか。
それが怖かった。
以前の騒動を蒸し返される事も、嫌だった。
「一華ちゃんは無くなった時、他の子とピアノで遊んでいたでしょう?」
聞き分けろと言いたげに、高圧的な声で言う。
「ピアノがあった所はあそこ」
今も同じ様に収まっているピアノを指さす。
「君がトイレから帰って来るまでに盗れないでしょ」
だから…。と言葉を続ける。
「どこかで落としたのを人の所為にしちゃダメだよ、健斗君」
否定したくて口を開こうとする男の子…健斗の開きかけた口に人差し指で封をする。
「人の所為にする悪い子には、サンタは来ないよ?」




