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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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14

次の日に目が覚めると、一華の顔が腫れあがっていた。

これでは「何かあった」と近所に触れ回る様なモノだったが、その日母親の仕事が休みだった。

だからこそ、殴る力に手加減をしなかった。とも言えた。

母親が園に電話する声が、洗面台で腫れた顔を洗う一華にも聞こえて来た。


「一華が風邪を引きまして…」


言い訳が母親の口からスラスラと出るのを、聞いていた。


「どけ」


後ろから兄の声がした。

最近の兄は、母親の目が無い時に限ってだが、朝の支度で洗面台で搗ち合うと命令口調で偉そうにする。

退かなければ手で押しても来る様になった。


顔を洗って、タオルで水気を取っていた一華は、さっと横に避けた。

手の届かない範囲に体を置く。


それが気に食わなかったのか、兄はわざと一華に体当たりをしてから、洗面台の前に立った。

一華はよろけ床に手を着いたが、泣かなかった。

朝の母親…特に電話中の母親は泣き声を酷く嫌う。


「え、あ…はい…はい…。分かりました」


母親の戸惑いの声が聞こえる。

保育士から予想外の答えが返って来たのだ。


「そう…ですね。分かりました。じゃあ、そうします」


この顔で行く事になるのだろうか?


一華はタオルで顔を拭きながら、電話のある居間を覗いた。

「はぁ…」とため息を付く母親が見える。

其処へ亜希を抱いた祖母が通りかかり、どうしたのかと声をかけた。


「いえ…ね、風邪なら和雄も一緒に休んで欲しいって言われたんです」

「あぁ…」


同じ家の中で風邪だと移っている可能性がある。と、園は一緒に休むよう言って来たと嘆く。

しかし、一華の腫れた顔を晒す訳にもいかない。

むしろ、赤く腫れた顔は虐待か林檎病を疑われる。

林檎病を疑われれば、余計休むことになり母親の仕事に支障が出る事が予測された。


「今日は二人とも休ませます」

「そうね、二人とも…元気だけど…」


祖母が気まずい顔をする。

あれだけ殴りつけたのだ、腫れが引かないのも無理はない。そう、祖母は思ったのだろうが、口にはしない。


「和雄、あんたも休み…な」


母親が一華の横を通り、洗面台で歯を磨く和雄に言い、兄は頷いた。


「二人とも、大人しくしてるんやで」


母親の射る様な視線が、二人を行ったり来たりする。

二人は必死に頷いたが、一華は兄の最近の優しくない行動を今さっきの様にされると、泣くのを我慢出来るか不安になった。

横目で兄を見ると、嬉しそうな…ホッとした様な顔をしている事に気が付いた。


その日一日、母親や祖母の目が有るからなのか、兄は一華に対して暴力を振るわなかった。

朝の体当たりだけで済み、一華もホッと胸を撫でおろす。


机の上にはびっしりとお絵かきをした紙が三枚出来上がっていた。

クレヨンの箱の中は、ほぼ空っぽに近い。

次、園で使う時には園のを借りるか…新しいのを買って貰うしかなかったが、そもそもお古だったクレヨンを、今更買ってくれるとは思えなかった。


何もすることが無い。と、絵を描いた事を一華は後悔していた。

しかし、兄や祖母が居る前でおもちゃ箱を開けて遊ぶ事は出来なかった。

人形で遊ぶと、おもちゃ箱の青い車のぬいぐるみが見えてしまう。


兄はいつもの傷付いた車を走らせている。

プラスチックの黄色い車。

それには従兄弟の名前が書かれていた。


和雄が誕生日に貰いたかった本当の車の色は青。

兄の…欲しいが手に入らない青い車。

それをぬいぐるみとは言え、一華は手に入れた。

バレたら…何を言われるか、どんな目に合うか…分かったものではない。

兄に取られてしまうだけならばマシだが、最悪母親に知られれば…。


兄の持つ車が自分のおもちゃ箱の上を走る度、冷や冷やとする。

箱の蓋が開く事が無い様祈り、集中する。

それに気が付いた和雄は、何を勘違いしたのか自分の車を一華が狙っていると考えた。


「あげないよ」


車を隠す様に後ろ手に持った。


「いらないよ」


だって、私には青い車があるもの…。そう言いかけて、止めた。

訝し気な顔を兄がする。


「だって、人形があるもん」


そう言って、誤魔化せた。と一華は思う。

和雄も和雄で、怪しい気がしたが…自分の車を狙っている訳では無いと納得して、持っている黄色い車をまた走らせた。

テレビに、タンスの上や横。壁や柱を重力を無視して縦横無尽に走る。

いつかは自分も乗ってみたいと頭に思い描きながら。


その時は…青が良い。

もしくは…赤。


二人は従兄弟からのおさがりに無い色を求めていた。

そして、二人が登園していない園では、一華のクラスの男の子が泣きはらした目で登園していた。


「青い車のぬいぐるみが一華ちゃんと話した後、無くなった」と。

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