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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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「今日ご飯無いからな」


気が済んだ母親は、そう言って部屋から出て行った。

起き上がり母親の手から庇った顔はもちろん、腕や足にも赤い跡が残っていた。

母親が持っていたドレスは途中畳の上に広がっていたが、回収され母と共に消えていた。

部屋に一人、一華だけが残されている。


トン…トン…トン


二階から降りてくる足音がした。

二匹目の鬼は今日は居ない。

階段の方を見ると、兄が立っていた。


兄はちらっと一華を見たが何も言わずに台所へ行った。

いつもならば優しい声をかけ、労り、赤くなった場所を冷やすものを持って来てくれる…。

だが、最近の兄はそれをしない。

逆に母親に気に入られる為に、一華の悪さを口にする様になっていた。


目も虚ろになり始め、笑っている事が少なくなった。

以前は園では溌溂としていたのに、今は…。

園児の中で遊んでいる姿を見なくなり、ずっとどこか隅っこに立ってる。

園では自由きままに過ごしている一華とは、まるで逆だった。


「…」


台所からコップ一杯の牛乳を持って戻って来た。

一華はゆっくり起き上がり、それに手を伸ばそうとしたが、兄はスイッと後ろに下がった。


一華に渡してくれるのでは無かったのか?

不思議に思う一華に、兄は冷たい視線を向けた。

眉間に皺を寄せ、父親に似た顔をする。


「おにいちゃ?」


口の中が痛む。

鉄棒をふざけて舐めた時の様な、変な味もした。


「お願いは?」


牛乳が入ったコップを上に掲げる。

「お預け」の様だ。


「お願いします。って言って」


じゃないとあげない。と、兄は言う。


「お願いします」

「違うでしょ。牛乳をください、お願いします。でしょ」


言ったのにな。と、一華は思いながらも自分で取りに行くには辛く、口の中の変な味を流したかったので、兄の言う通りに言い直した。


「牛乳を下さい。お願いします」

「お辞儀は?」

「え?」

「お辞儀もして」


一華は言われた通りに頭を下げた。


「違うでしょ。ちゃんと起き上がって」


再度言われた通りに痛む体を起こし、頭を下げた。


「もう、何回言わせるの?お辞儀しながら言うの」


どこからこんな意地悪を学んだのか、兄は言う通りにすればするほど注文を増やしていった。

お辞儀をしながらお願いをしても「もっとちゃんと」と言う。


「お願いだからちょうだい。おにいちゃん」


両手を差し出したが、くれない。


「もっとちゃんとお願いして。じゃないとあげない」

「してるじゃん!」


嫌になり始め、声を荒げると兄は自分の口元へコップを持っていき、飲む素振りをする。


もう、諦めようかな。


そう思い始めると、近付ける。

そしてまた、お願いと言えと言う。


「もういい…いらない」


そう言って、自分で取りに行こうとした。


「いらないの?じゃあ、僕が飲むね」


台所へ行く一華の体の前に立ち塞がり、目の前で牛乳を飲む。

兄に怒りが湧いた。

どうしてわざわざこんな事をするのか、一華には分からなかった。

優しかった兄だったのに。


兄を押し退け、一華が冷蔵庫に手を掛けた時、兄が叫んだ。


「あー!!」


ビクッとして、手が固まった。

いったい何だというのか。兄を振り返る。


「おかーさーん!一華が牛乳飲むー」


牛乳を飲んで何が悪いのか。と、思ったが得意げに言いつけようとしている兄を見て、さっき『ご飯無し』だと母親が言った事に関係しているのが分かった。

兄は階段の上で聞いていたのだろう。


「一華!あんたは今日は水だけ!」


違う部屋から母親の怒鳴り声が響いた。


「おにいちゃんが…」


くれたら良かったし、言わなきゃ良い。そう言おうとして止めた。

兄が今までに見た事が無い、意地悪な顔で笑っている。


要らぬ言い返しは…酷い事を呼び寄せる。

今は目の前に居ないあの鬼を…呼び寄せる。


一華は諦めてコップに水を汲み、飲んだ。

変な味は口内から喉へ流れ、マシになったが、どうして兄にこんな事をされるのか分からないのが、胸の奥に重さを残した。


水を飲む一華を見て、ほくそ笑みながら兄が冷蔵庫から牛乳を取り出し、もう一杯飲んだ。


「ぷはぁ…」


さも美味しそうに、満足そうに見せつける兄に、ますます混乱する。

その反面、飲み過ぎて腹を壊せばいいのにと思った。


その一時間後、トイレに駆け込む兄の姿を見て笑えた。


「ざまぁ、みろ」


嫌な事をした奴が嫌な事に遭っている時に言う台詞だと、聞いた言葉が口を吐いて出て来た。

吐き捨てた言葉は、一華の気持ちを少しだけスッキリとさせた。

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