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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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12/75

10

空想と鼻歌の世界を壊される時は一瞬だった。

亜希の泣き声で現実世界に引き戻された一華は、顔を上げて赤子の居る部屋の方を見た。


母親が手が離せない。と、祖母を呼ぶ声がする。


「はい、はい…」


身を重たそうに動かし、立ち上がると亜希の居る部屋へ向かう。

一華はクレヨンを置いて、祖母に付いて行った。


生まれたてだった亜希を抱く祖母の手と赤子の手が、大きさの違いは在れど皺皺した所が一緒だと思っていたのに、今では全然違う。

今や赤子の手はぷくぷくで、色も赤みが消え綺麗な肌になっていた。

血色の悪い祖母の手が、いつも頭を撫でてくれていた手なのに違う物に見えた。

テレビで見たゾンビの様に…怖く感じる。


「おむつ…かねぇ。一華そこの、取っておくれ」


服を脱がしながら棚を指さす。

開くと「亜希の物」が入っていた。


何が入っているのか興味が在ったが、勝手に開けては平手が飛んでくるので、開けた事は無かった。

二段に分かれた上に粉ミルクの缶、下にはパッケージの袋そのままに口だけ開いたおむつが入っていた。

その上に引き出しが並んでおり、その中には肌着や上着が入っている。


その一つに、亜希が母親に抱かれて家に来た時に着ていた、あの綺麗なドレスのような服が入っている事を一華は知って居る。

もう一度あのドレスの様な服を見たかったし、触ってみたかった。


ちらっと祖母を見た。

ボタンを外すのに少し手間取っている様で、こっちを見ていない。


ゆっくりと音を立てない様に、引き出しを開ける。


「違う」


微かにパタンと音がした。

力加減を間違えると音が鳴る引き出しを、より気を付けて引き出し、中を見る。


「あ…」


真っ白で艶ッと柔らかそうな服が、他の物より気を使われキッチリ畳まれ入っていた。

撫でてみると人形の服はおろか、自分の服の中でも触った事のない、心地よい手触りが指先から感じた。

ゆっくりと撫でる。


「欲しい…なぁ…」


自分が着れる訳では無いのに、手元にあると言うだけで満たされる気がして…撫でているだけでも高揚してくる心に、一華は突き動かされる様に服を掴んだ。


「一華?」


祖母の声に我に返り、服から手を放した。

そして勢いよく閉める。


「間違えた」

「下の開く方だよ」


祖母はこちらを見ずに、早くおむつを持って来る様に催促する。

急いで袋からおむつを引っ張り出し、持っていく。


「一華…手を洗っておいで」


おむつを受け取る祖母が、一華の手を見てそう言った。

自分の手を見ると、絵に擦ったのだろう、紙に触れていた部分の手が緑で汚れていた。


頷くと洗面台へ行き手を洗った。

薄く緑に色付いた水が流れるのを見て、色水が綺麗だと思った。

が、不意に不安が襲ってくる。


さっき「亜希の物」に触れた。

汚れた…手で。


血の気が引いていく。


もしも、服を汚していたら…。


祖母の居るあの部屋を見る。

そこには祖母と泣き止んだ亜希がまだ居る。

今、引き出しを開けに行けば止められるのは目に見えていた。

汚れていない事を自分の目で確かめたかった。


ドキドキと胸が鳴る。

手をタオルで拭いて、足音を消しながら近付き、開いた襖から二人を観察する。


「どうしたの。そんな所で」


祖母が気が付いて声をかけた。

身を隠している様で、隠れてはいない一華は直ぐに目に入る。


「ほうら綺麗になった」


優し気に亜希に微笑み、衣服を整えた。

その声に応える様に亜希も笑う。


二人の側に座り、亜希に興味が在るフリをしながら、棚の引き出しへ頻りに目をやる。

祖母さえここに居なければ確認できるのにと、もどかしい思いを抱えながら祖母の話を聞いている。

いつも、語りだす…亜希の生まれた時の事。


未熟児と言うやつで命も危うかったとか。

三年ぶりの赤子で、従兄弟達も兄と一華の幼児服もボロボロだったから、服を新調しなければならなくて、お母さんが嫌がったけれど新しい服は服で良かったのか、一華の時の様に湿疹が出ずに済んだ事に喜んでいるだとか。

聞きたくないモノばかりだ。


誰が自分の時はおさがりで、汚れが湿疹を生じさせ泣き喚いていた事を知りたいと思うのか。

それで、母と祖母が睡眠不足になったと。

良い思い出の様に語る祖母を見て、空々しく思う。


ぎゅっ


畳に置いた手の袖が引っ張られた。

亜希が掴んでいる。


「あーあー」


言葉にならない音を口から出していた。

口の周りに涎が光っていて、少し汚いなと身を引いた。


「そんなに怖がらなくても…」


祖母は何を勘違いしたのか、大丈夫だと言って亜希を抱き上げ、一華の前に近付けた。


「首はまだ座ってないからここをこう支えて…」


願っても居ないのに抱かせようとする。

祖母の手や亜希を拒絶し、振り払う事も出来た。

が、そうする事によって祖母に嫌われる事が怖かった。

鬼二匹から助けて貰えなくなるのが、殊更恐ろしい。


言われるがまま、されるがままに亜希を抱く。

重かったがむっちりとした腕は思いの外柔らかく、暖かくて良い匂いもした。

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