9
男の子は鞄からどんどん出した。
黄色、緑…。
ぬいぐるみの汚れ具合から、赤が一番古くお気に入り…なのだろうと思えた。
「今度の誕生日に違う形のも買って貰うんだー」
にこやかに笑う。
一華は前回の誕生日に買って貰った物を思い出す。
欲しいと言った人形の綺麗なドレスではなく、何だか適当に縫われて袖も無い…ただの布に細い布が縫い付けられただけの安物の服。
「誕生日、欲しい物が貰えるの?」
一華の言葉に彼はキョトンとした。
「当り前じゃん。誕生日だよぉ?」
何を冗談を言っているの?と言いたげな男の子の笑顔が、一華には馬鹿にして笑っている様に感じて…カチンと来た。
「あっそ」
一華はそう言って席に戻り、場をやり過ごすと、男の子がトイレに立った瞬間に彼の鞄を開け、中から青い車のぬいぐるみを奪い自分の鞄へ入れた。
一華の鞄は中身が少なく、横の隙間から容易く青い車のぬいぐるみは中へ吸い込まれて行った。
そして平然と反対側のおもちゃ箱へ行き、中の物を物色している女の子にピアノのおもちゃを取って渡す様に言った。
「はい。一華ちゃん」
笑顔でピアノのおもちゃを渡す女の子に、キーホルダーを買って貰える女の子と誕生日に欲しい物を買って貰える男の子を重ね、コイツも親に好きな物を買って貰えるから自分にピアノのおもちゃを譲れるのだろうと考えた。
少し音のズレた、色々な子達が叩き鳴らしたピアノですら、家に在ればと思う自分が酷く惨めに感じられる。
いつか、従兄弟の持っている音の鳴るおもちゃが、自分の物になるまでこんな風に壊れて無ければ良いのに。と、ゆっくりと静かに…丁寧に鍵盤を押した。
帰宅の時間が迫るにつれて、鞄の中のぬいぐるみが自分のおもちゃ箱に入る事を考えた。
きっとおもちゃ箱の中で主役になるだろう。
おもちゃの中では唯一無二の青で、誇らしげに。
色褪せた服や髪の毛の乱れた女の子の人形が、青い車に乗り込む所を想像した。
お兄ちゃんの傷付いたプラスチックの車より、柔らかく可愛らしいが、テレビで見た女優さんが車に乗り込むシーンの様にカッコいい事だろう。と…。
帰ったら自分のブラシで特別に髪を梳いてあげても良い。
特別なのだから、目の細かな櫛の方が良いんじゃないか。
一華は空想に浸る。
頭に母親の櫛が浮かび上がったが、人形の髪を梳きたいと言うモノなら殴られるだろう。
隠れて使ったとしても梳いたのがバレたら同じ事だった。
母親には何をしてもバレる気がしている。
一華の秘密はおもちゃ箱の中だけしか通用しない。
ワクワクと心の中でしていても、自転車に乗る時にはいつも通りを装い家に帰った。
鞄から青い車のぬいぐるみを出し、母親はもちろん兄にもバレない様に服の中に滑り込ませ、おもちゃ箱の前まで行く。
部屋の襖を閉めると祖母が声をかけて来たが、それを何もないかの様に「ただいま」と、返事を返す。
祖母にもバレてはいけない。
服から出す時に見られでもしたら…良い訳が大変だ。
貰ったなどと言えばすぐさま確認の電話をされてしまう。
祖母が襖を開けるのと、おもちゃ箱に青い車のぬいぐるみを入れて閉める。
どちらが早いか、母親の平手を掛けた祖母との…時間との勝負だった。
一華の勝利だった。
しかし、人形の髪を梳くには箱から出さなければならない。
今、仕舞った青い車が祖母の目に映らないとは限らないし、梳いた後、車と人形を並べて遊びたかったが…。
今日はやめておこう。
一華は断念し、祖母に紙を貰って絵を描き始めた。
本当は青だけれど、無いから仕方なく緑で車を描く。
花は黄色。
葉っぱは緑…ここだけは本当の色。
緑の車の横に髪の毛を綺麗に流した人形の絵。
周りにお花も描く。
幸せと言うモノが一華には分からなかったが、花と車に囲まれた人形はとても幸せそうに見えた。
黄色と緑でしか描かれていない世界だったとしても。
その二色で現実の色とは揃わない世界を描く一華を、祖母は何を思って眺めたのか。
一華は気が付く事も知る事も無く、ぐりぐりと紙上に絵を描いていった。
気分が良い時に出る、鼻歌と共に楽しんでいた。




