第6話 救いに狂う
「早速で悪いけど、カナギくんには大仕事だよ 」
最前線のテント内に連れ込まれた二人。
呆気からんとするカナギたちを無視し、マーリンはフクロウ型の映写機を起動する。
空中に広がる映像には、一人の男が映し出された。
黒いコートに身を包むそれは人の形をしているが、その半身は機械仕掛け。
サイボーグというには人間味はなく、どちらかと言えばアンドロイドのような男だった。
「人体業炉……彼は十二の特異点の一人であり、キミが殺すべきターゲットだ 」
「俺が? お前が殺せないのか? 」
「私は手を離せないの。理由はそろそろ来るから見た方が速いかも 」
「来る?……っ!? 」
耳を塞ぎ潰すような轟音。それは空から聞こえてきた。
「爆撃機? 」
声を漏らしたのはトオルだった。
青空にとって異様な黒い翼。
その鉄は音の壁を突き破りながら飛行し、黒い鉛を糞のように落としていく。
当然それを浴びるのは、生きている人間だ。
「ふん 」
マーリンはパツンと指を弾く。
瞬間、黒い鉛は理を無視するように停滞した。
「爆弾……じゃないな 」
「そっ、ただの質量爆撃。ちなみにこれの中には汚染物質がたんまり入ってる 」
「なら迎撃する訳にはいかない……そりゃ手が離せない訳だな 」
「そーだよ! 四六時中バンバン落として!! 慣性が乗った質量を受け止めるのって超疲れるんだよ!? あーもうスイーツでも食べに行きたいよ!! 」
子供のようにジタバタさせるマーリン。
カナギはやれやれと言いたげだったが、初めてそれを見るトオルはドン引きしていた。
「あれは落とせないのか? 」
「防衛と一緒にやるのはちょっと大変。というか落としても意味がない 」
頭にハテナを浮かべるカナギは、トオルに目を向けた。
『トオル。私の言うことを復唱して 』
「あぁ……人体業炉。彼の能力は名の通り製造。触れた材料を増殖させ、頭の中で組み立てたものを生み出す能力だ 」
「そう、だから元を断たなきゃ意味がない。大仕事だよカナギくん。キミはやれる? 」
「あぁ、もちろんだ 」
「俺は何をしたらいい? 」
トオルは問う。
けれど返されたのはマーリンの冷たい瞳だった。
「キミは狂ってるのかい? 元敵勢力であるのに、こっちについたら嬉々として任務に着きたがるなんて。裏があるとしか言えないよ 」
「……… 」
マーリンの正論に黙るしかできないトオル。
けれどそれを庇ったのはカナギだった。
「積極的に任務へ参加させるのがモルガンさんの命令だ。規律違反は許さないぞマーリン 」
「ハイハイ可愛くない後輩だこと。上からの命令だから仕方なくキミを参加させる。でも条件がある 」
嫌味たらしく話すマーリンは、黒い箱をトオルへと押し付けた。
「この戦場を見て回ることが条件だ。これを機に、キミたちの罪を知るといい 」
ーーー
マーリン言葉通り、トオルは静かな前線を歩いていた。
そこに活気は無く、誰もが兜を深く被り、現実を見ないようにしている。
(どこの地獄も変わらないな )
「おい、この人で最後か? 」
「あぁ……念入りに焼けよ。"骸拾い“に利用される 」
トオルの目の端では、血まみれのずた袋を運ぶ騎士たちが居た。
重々しい表情の二人は、腹を空かせた炎へと投げ入れる。
燃料を入れて燃やしているからか、ツンと目に来る臭いが辺りを覆う。
けれどその中にはいい匂いも混じっている。
戦場に行ったものなら誰もが嗅いだことのある、死体が焼ける臭いだ。
『トオル…… 』
虚空を眺めるような彼を、幻聴は空虚なる腕で抱きしめる。
(大丈夫だ。俺のせいだなんて思ってないし、俺が無関係だとも思ってない。ただ……死は平等なんだと思っただけだ )
体温のない腕をすり抜けたトオルは炎の前に立って手を合わせた。
それに意味はない。
傍から見ればただ手を合わせているだけだ。
死を慈しんだところで死者が帰ることはない。生者が救われることもない。
だが人は願ってしまう。
(でもせめて……魂だけは平穏に )
弔いの炎の前に立つトオルは黒い影を背負っていた。その隣をふらりと人影が通り過ぎる。
それは生きた人間だった。
「……待っ!? 」
炎に飛び込もうとする者の手を引いたトオルは、その勢いのまま倒れ込む。
顔を見合わせる二人。そのどちらの目にも生気はない。
「邪魔しないで……死なせて 」
うわ言を繰り返す騎士は女性だった。
けれど髪は泥に汚れ、何度も噛み切ったであろう唇はボロボロで、顔の右半分は炎で焼け爛れていた。
人には見えない程の醜さだった。
けれどトオルは彼女の人である目を熱く見つめていた。
「みんな死んだの。焼けたの。私だけ生き残ったの 」
「……じゃあ目の前で死なれる辛さは知ってるな? 」
騎士の剣を奪ったトオルは自らの首を切り裂いた。
蓋が外れた水筒のようにこぼれる血が彼女の頬を濡らしていく。
それは彼女の右目から流せない涙のようだった。
「自分のために生きれないなら、他人のために生きてくれ。俺にそんな思いをさせないでくれ 」
「あなたも……死にたいの? 」
「あぁ。だから他人を救うために生きてるんだ 」
その血と、自分を見下ろす目を見て、彼女はトオルの内面をうっすらと感じ取った。
産まれたての子供が、親を見て歩き方を学ぶように。彼女もここまで絶望しても生きられるんだと知れたのだ。
「帰ったら、お墓作らなきゃ 」
「あぁ。それがいい 」
「どういう状況だ? 」
重なる彼らの背後からやってきた翡翠の騎士は一瞬身構えたが、すぐに事態を把握し剣を下ろした。
「カナラ隊員、お前は教養員から水を貰ってくるといい。手配はしてある。それとお前が捕虜だな? ヤサギ・トオル。ここじゃ目立つ、あのテントで手当してこい。中のものは自由に使っていい 」
「……ありがとうございます 」
「いい、速く行け 」
冷たいながらも確かな気遣いで指示をする翡翠色の騎士。彼の言う通り、物置になっているテントにトオルは足を運ぶ。
『馬鹿!! 無茶しすぎ!!! 死んだらどうするの速く止血して!!! 』
「ご、ごめん。でも致命傷は避けたから……とりあえず医療道具を 」
幻影からポコポコ殴られながらも道具を探すトオル。けれどふとした瞬間に、トオルが持っていた黒い箱が開く。
そこには無数の医療道具と止血用と書かれたテープが入っていた。
傷口に貼れと四コマ漫画のような説明書まで入っている。
しかもかわいい女の子が注意点まで描いてくれている。
「……おぉ 」
説明書通りにテープを貼った瞬間、首の傷口は一瞬にして塞がった。
「凄いな、縫合いらずだ 」
『マーリンって実はいい人? 』
「かもなぁ。ご丁寧に別の医療道具まで入ってるし、俺が救助隊だって知っての行動だよな……お礼言わなきゃな 」
『ひっそりね。捕虜に良くしてるなんてバレたら、向こうも台場が悪いだろうし 』
「そうだな 」
幻影に頭を撫でられながら、トオルは落ちているドライバーで義手の調整を始める。
『慣れたものだね 』
「ずっと見てたしな 」
「うむ、手馴れておるな 」
湧いてでた声へ顔を向けるトオル。
そこには髭面の老人……ではなく、目を丸くさせる子供が居た。
幼い顔。けれど髪は白い。
細い体。けれど禍々しく装着された、赤い義手と白い義足。
柔らかな声。けれど曲がった背骨のような丸い声。
幼くも年老いたと感じる子供を前に、トオルは心底困惑していた。
「だ、誰? 」
「ベディヴィア卿……円卓の騎士の一人じゃよ 」
「そう……ですか 」
そんなつまらない反応のせいか、ベディヴィアは大きく頬をふくらませた。
「なんじゃつまらんのぉ。もうと『円卓の騎士!?』と天女に出会ったくらい飛び上がれば良いものを 」
「いや昨日、アグラヴェインさんと会ったので。あれと比べるとその……アクションしづらいと言うか 」
「あ〜それは仕方ないの。ありゃ暴の化身みたいなものじゃし 」
(なんか……軽いなこの人 )
肩をポンポンと叩きながらトオルと相席になる灰の騎士。
「さて本題じゃが 」
けれどその言葉を境に、あたりの空気は針のような冷たさをおびた。
「先のこと、なぜ敵である騎士を助けた? 」
偽れば殺すと言わんばかりの圧。机の軋む音が際立ってゆく。
「この戦いによって、お前も仲間を殺されたじゃろう? なのにお前からは怨みを感じぬ。敵を助けることに一切の躊躇いがない。そんなもの答えは二つじゃ。狂うとるか、裏があるか……お前はどちらじゃ? 」
「俺は…… 」
その問いではじめて、トオルは自分の過去を振り返れた。
追憶の中で人とは思えぬ者がいる。
人を救うために簡単に両腕を捨て、人が助かったのなら己の目などどうでもいいと思える者を。
そんな者にふさわしい言葉など、一つしかなかった。
「狂って……いるんだろうな、たぶん。でもまだ人を助けられる。だから助けた 」
密室の影が揺らぐ。
影の中で濃い影がバグのように這い回る。
「人を怨んで何になる? 誰か助かるのか? 自分のために死んだ人たちは喜ぶのか? 怨めば楽になるのか?? 」
日食のような影の中。
トオルの白い目だけが浮き上がる。
浮き上がった血管はヒビ。瞳孔は穴。
傍から見るそれは、闇がヒビ割れ穴があいたに等しい光景だ。
「俺は死ぬまで人を救う。それだけのために生きている 」
狂気と言うには生ぬるい、救うことに魅入られた腐敗の心。
その一端に触れたベディヴィアは一つの確信を得た。
(自分のために生きられぬ人間か……裏切ることはないな )
「もう良い。武器をおろせ、マーリン 」
影が弾けた部屋の中。トオルの背後には白い杖を構えるマーリンが立っていた。
その後ろにはカナギもいる。
「スマンが試させてもらった 」
「構わない。殺されなかったって事は、信用を得られたってことだろ? 」
「うむ。マーリン 」
「はいはい、ベディヴィアおばちゃん。ほらカナギ 」
「あぁ 」
カナギは持っていた梟を起動する。
その青い目からは白い地図が映し出された。
「さぁ、本格的な作戦会議だよ。トオルくん、キミには大仕事だ 」




